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セーフティーネット

 早いものでもう2月です。年々月日の流れが速く感じられます。まさに「光陰矢の如し。学成り難し。」新年に立てた目標、すでに挫折しかけています。

 お正月の影響で太ってしまった方が多いようです。減量はなかなか難しいのですが、基本は食事の制限と運動です。これ以外の近道はありません。我が家のアイドル、ジャックラッセルテリアのラッキーくんは、甘やかされた結果12キロまで体重が増えてしまい、獣医さんから厳しく減量を指示されました。以後きちんと食事量を計測し、1回100グラムを守っていたところ、先日の計測で11キロまで減っていました。少し腰のあたりにくびれが出てきて、かっこ良い姿が戻ってきました。やはり太りすぎはかっこ悪いですね。我々も同じです。さあ、食事量を減らして、寒い中でも運動に励みましょう。

 今回のエッセイは「セーフティーネット」と題して書いてみました。仙台市医師会報3月号掲載予定ですが、例によってホームページに先行掲載します。

 今回は昨年ダイハツが後援したサーカス団「シルク・ドゥ・ソレイユ」の仙台公演、「オーヴォ」を観に行ってきた時の感想文を書いてみた。
 同サーカス団の仙台公演は8年ほど前の「ドラリオン」に引き続き2回目の観賞。サーカスといっても猛獣使いやバイクの曲乗りは一切無く、大道芸でおなじみのジャグリングなどに加えて中国雑技団と見まごうかのアクロバット等、バラエティにとんだ演技構成で飽きが来ないものだった。それもそのはず、この「シルク・ドゥ・ソレイユ」は元々カナダのケベック州に集まったストリートパフォーマーがその前身である。構成団員には体操選手上がりの人たちが多いとのことで、皆例外なく鍛えられた肉体をしている。学生の頃、我々の身体を構成する筋肉が全部で何種類あるのか、その全てのラテン語名称、はたまたその起始部と停止部について一所懸命に覚えた記憶があるが、今やすっかり忘れてしまった。しかし彼らの身体をつぶさに見ていると、どの筋肉にも当然ながら重要な機能があり、全ての筋肉が過不足無く均等に鍛え上げられると実に見事な肉体美を綾なすことがよくわかる。一部の筋肉を必要以上に肥大化させたボディビルダーのような筋骨隆々ではなく、抑制の効いた、均整の取れた品のある肉体美とでも言おうか。
 さて、今回の公演でもっとも気に入った「ウェブ」と名付けられた演目では、若い女性団員が蜘蛛の動きを表現しつつ、蜘蛛の巣に見立てた網の上を縦横無尽に這い回る。よくもまあこれほどまでに柔軟性があるものだと大いに感心。これだけ柔らかい身体をしたひとが彼女なら、さぞかしベッドの中が楽しいだろうなあなどとちょっとエッチな妄想気味に隣へ目をやれば、肥えた相棒の姿に現実の厳しさを知った次第。
 ふっとわれに返ると、舞台ではおなじみの空中ブランコが始まっていた。まるでサルのように飛び移ったり、宙返りしてみたり。これまた息を呑む名演技。次の瞬間、バランスを崩した団員の一人がブランコから落下。一瞬ヒヤリとするが、下に張り巡らされたネットが受け止める。この団員、1回バウンドしただけで間髪おかずにネットをスルスルと駆け上がり、すぐに現場復帰した。なるほどセーフティーネットというものはこう在るべきものなのだと思った。つまりセーフティーネットというものは落下してくる者を広く着実に受け止めることが何を措いても大切だが、あまりにも柔らかく絡んでしまっては良くない。換言すれば、セーフティーネットは「入りやすく、かつ出やすいネット」でなければならないということだ。さてそれでは現代のセーフティーネットを代表する生活保護はどうであろうか。いまや生活保護の申請をしても、親兄弟のみならず三親等以内の親族にまでその扶養義務を求められるのであるから、これはもう容易く認められるものではないことが想像される。加えて自家用車などの資産や貯金があっては駄目、還付金のある生命保険も駄目となると、もうこれは入りやすいネットとは到底言えないであろう。多くの人が申請自体をはなから諦めてしまい、その結果電気も水道も止められたアパートの一室で人知れずに餓死した親子などのニュースが後を絶たない。その一方で押しの強さか、厚顔無恥か、何をどう上手く渡り合うのか知らぬが、生活保護を受けて昼間から焼肉店でビールを飲んでいる輩も居るのが現実である。でも非難ばかりは出来ない。真面目にハローワークへ通って何とか定職に就いても賃金が安く、あるいは非正規雇用で身分が不安定であれば、誰だって生活保護から脱しようとは思わないであろう。だって生活保護を受けていた方が、下手に低賃金で働くよりもずっと実入りが良いのだから。つまり現在の生活保護は「入りにくくかつ出にくい、快適なハンモックのようなネット」になっているわけだ。この快適なハンモックを潤沢に用意できるのであれば、それに越したことは無い。でも悲しいことに少子高齢化日本、借金大国日本であるからして、とてもそれ程のお金は用意できぬ。となれば落下してくる人を怪我させぬ程度の強度は維持しつつ、あまり居心地が良くない安いネットを開発するしかないであろう。収入に応じて保護給付額を減じ、あるいは就労後数年の間は保護を継続し、貯金をさせて段階的に保護を止めていくとか。あるいは自宅を購入してローン返済に苦労している人に自宅を担保として返済額を援助するリバースモーゲージなどもよいだろう。詳しくはよくわからぬが、経済の専門家には得体の知れない金融工学の開発にまい進するのはなく、「入りやすく出やすいネット」を構築する何か良い方法についてぜひ精力的に研究して頂きたいものである。
 昨今生活保護受給者や低所得高齢者への風当たりがずいぶんと厳しい。困窮するのはあなたの自助努力が足りなかったからでしょうと、自己責任論ばかりが幅を利かせている。でもちょっと待って欲しい。自分が今生活に困らないのは、別に自分が格別に努力の人であったからではなく、ただ単に運が良かっただけなのかもしれないではないか。どこかで一歩踏み間違えていたなら、自分だって日々の食にも難渋する生活に陥っていたかもしれない、いやこれからだってわからないと、常に一歩引いて謙虚に考えることを忘れてはいけないようにおもう。そうおもえば転落した人を「まあしゃーないな。助けてあげないとね。」となるはずで、そのようにおもえる人がある一定の割合で居てくれれば日本もまだ捨てたものではないのだが、現実は厳しく、たぶん難しいだろうなあ。でもやはり、皆が助け合う暖かい日本であって欲しいと願う。
 それにつけても美しい演技であった。あのような美しい蜘蛛になら、一度くらい絡め取られてみても良いかなあなどとまた妄想が始まる。しかし現実のぼくはどうかといえば、今やTwitterやFacebookといったSNSに嵌っており、つまり文字通りWEBに絡め取られているわけで、あまりロマンティックではない。今年はこれらの呪縛から逃れるために色々と画策してみようかなと思っているのであった。