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明るいMIRAIへ

 ここ数日来目が痒くて閉口しています。何を隠そう、ぼくも花粉症で、毎年この季節には目と鼻で苦労します。この痒み、経験したことのない方には恐らく全く想像がつかないでしょうが、ホント厄介です。目玉を取り出して水洗いしたくなるような衝動に駆られます。
 花粉症の一因に自動車の排気ガス中に含まれる窒素酸化物や、今俄かに問題視されているPM2.5なども挙げられており、そうするとこれも立派な公害なのかもしれません。
 今回は究極のクリーンエネルギーである、水素をエッセイの種にしてみました。


 先日トヨタ自動車から発売された本邦初の燃料電池自動車(FCV : fuel cell vehicle)はその名をMIRAIというらしい。お値段は700万円以上、国の補助金を利用しても実質500万円は下らない高級車で、簡単には手が出ない。それでも水素を燃料として、廃棄物は水のみという究極のクリーンエネルギーを利用した、文字通り「未来の乗り物」がわが祖国この日本でデビューしたことを素直に喜びたい。
 水を電気分解すれば水素が出来ることは誰にでもすぐにわかることだけれども、電気分解に必要な電気を作るために化石燃料を燃やすこと、あるいは原子力に頼ることは本末転倒だといつも思っていた。そしてまさにそのことが水素社会の到来を遮っている高い壁の一つなのだろうと理解していた。でもFCVが遂に市販されたということは、燃料となる水素の安定供給がある程度可能になったということと同義であり、そこにどのようなブレークスルーがあったのかが知りたくなった。
 現在でも水素製造の主流はメタンと水を原料にする「水蒸気改質法(SMR : steam methane reforming)」と呼ばれるものらしい。天然ガスを原料に、メタンと水を高温で触媒の下で反応させる。化学式はごく簡単で、CH4 + H2O → CO + 3H2 である。比較的安価でそれ程高度な技術は要らないようだが、高温環境と触媒が必要であることがネックだし、残念ながらこの方法では副産物として一酸化炭素が出来てしまう。いくら効率がよくて安上がりでも危険な一酸化炭素を増やす手段はスマートではなく、却下である。となるとやはり最も環境に優しい方法は単純に水を電気分解することのようだが、先に書いたようにそのための電気をどうやって作るかが大きな問題だ。太陽光発電、風力発電や波力ないしは地熱発電などの所謂再生可能エネルギーを利用して作った電気を使用することが理想だから、恐らくこれからそう遠くない将来、年平均日射量の多い土地や豊富に温泉が湧く場所には巨大な太陽光発電所や地熱発電所を併設した水素製造工場が立ち並ぶのではないかと想像する。九州が最右翼かな。さて俄然注目される第三の方法は、ナトリウムの加水分解。単純な話だが、はたと案を打って納得した。化学式を書いてみると、実に美しい。2Na + 2H2O → H2 + 2NaOH だもの。でもこの反応は、昔の科学実験を思い出すまでも無く極めて激烈で、下手をすると爆発を招く。実際1995年12月に福井県敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」では冷却材として使用されたナトリウムの漏えいから火災に至ったことは未だ記憶に新しい。それに金属ナトリウム自体がそれほど簡単、安価には手に入らないだろう。さてそれではと、この反応式をしげしげと眺めていたら、ふと工業用の苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)の製造工程はどうなっているのかと疑問に思った。苛性ソーダは土木、製紙業や石鹸製造など需要が多く、その製造方法はもう少し穏やかで効率的なはずだ。少し考えれば答えは簡単で、塩水の電気分解だ。化学式を書いて見ると、2NaCl + 2H2O → 2NaOH + Cl2 + H2 となる。なるほど。それならば我が国は資源大国ではないか!その理由は、ずばり海水。四方を海に囲まれた我が国にとって、海水ほど安価に豊富に利用できる資源は他に無いではないか。海水を電気分解すれば水素のみならず、塩素、マグネシウム、水酸化ナトリウム、硫酸などの副産物が生まれ、これらも当然資源材料として使えるわけだ。一石二鳥以上だな。しかしここでも懸案となる電気分解に使用する電気の発電方法だが、これは恐らく大規模な洋上太陽光+波力+風力発電で賄うことになるのだと思う。大手ゼネコンが海上都市構想を打ち出しているが、なるほど海上に浮かぶ居住区の上層には巨大な風車と太陽光発電パネルが設置され、下層には波力発電所と共に海水を利用した水素製造工場が併設されるという算段だ。何という明るい未来だろうか。やはり日本の技術、進取の気性は素晴らしいと悦に入っていたら、もっと壮大な実験が現在進行中であることを知った。それは宇宙太陽光発電システム(SSPS : space solar power system)で、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)が現在精力的に研究開発を進めている。太陽光発電のネックの一つは天候に発電量が左右されることで、我が家の例を引くと、これから5月は発電量が多い月の一つだが、梅雨や雪の季節は極端に発電量が低下する。宇宙空間に巨大な太陽光発電パネルを浮かべることが出来れば、雲や雪などの気象変化を全く気にせず安定した発電が可能になるわけである。もちろん宇宙空間で発電した電気を有線で地上に伝えることは不可能なので、電気をマイクロ波やレーザー光に変換して主に海上に設置されたプラントに送信して、そこで電気に再変換するというわけだ。このマイクロ波による電気の送信に関する実験がつい最近始まったとのニュースが先日流れていたのである。いやはや、あっぱれニッポン!ほら、だから原発なんて要らないのよと言ったら、また各方面から怒られそうだが、恐らくあと10数年も経てばここに書いてあることはきっと当たり前に実現されているだろうとぼくは信じて疑わない。
 それにつけてもSSPSのニュースを観ていて妙な既視感を覚えたのだが、その理由を今思い出した。子供の頃大好きだったテレビアニメ、「未来少年コナン」の中に太陽エネルギーを利用した未来都市の姿が描かれていた。太陽光発電で得られた膨大なエネルギーを用いて未来都市「インダストリア」は栄えたが、多聞に漏れずその技術は軍事転用され、やがて全地球的な大戦が起こって世界は滅びる。辛うじて生き残った僅かな人間たちは昔のように大地を耕し、海で漁をしながら慎ましく暮らす。そんな時コナンが生まれ、仲間たちと共に再び軍事国家の建国を目指す大人と立ち向かっていくというストーリーだった(あまりにも単純化しているので、コアなファンには怒られそうだが)。宮崎駿監督は「未来少年コナン」のなかで太陽エネルギーを利用した大型爆撃機「ギガント」、そして後には「風の谷のナウシカ」で「巨神兵」と呼ばれる究極兵器を描き、それらによって世界が破滅するところから物語を始める。恐らくそれは正しいのであって、先端技術というものは戦争と切っても切れない関係にあるものだ。そうだとすると日本のSSPEも水素製造技術も、もしかすると将来軍事転用されてしまうのかもしれない。何とも気鬱になるが、宮崎監督は悲観論者でも終末待望論者でも無く、必ず救世主を描く。コナンの相棒「ラナ」しかり、「ナウシカ」またしかり。ぼくは宮崎ファンの一人として、日本がもし戦争に前のめりとなり、再び「国破れて山河あり」の状態になったとしても、きっと救世主が現れるに違いないと信じたい。今回は妙に楽天的な結論になってしまったが、この国の明るい未来を願いつつ、わが国最初のFCVであるMIRAIの門出を祝いたいと思う。