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モニターの中では解らないこと

 先日の新聞で俳優のレナード・ニモイ氏が先月末に亡くなったことを知りました。「スタートレック」シリーズでバルカン星人のミスタースポックを演じていた俳優と言えば思い出される方も多いのではないでしょうか。尖った耳と片方の眉を器用に吊り上げる仕草が特徴的でした。日本では「宇宙大作戦」としてテレビシリーズも放映されました。宇宙船エンタープライズ号は時にフェーザー砲なるもので攻撃をしつつ宇宙平和のために戦うのでした。極めてアメリカ的な映画で、子供の頃は深く考えることもなく楽しんでいましたが、最近のアメリカはどうも好きになれません。今回は少し重いテーマになってしまいました。

 宇宙船エンタープライズ号が寄港したのは、ある高度に繁栄した惑星。カーク船長、ミスタースポックとマッコイ船医はこの惑星の政府を表敬訪問し、歓待を受ける。和やかに時が過ぎるが、突然警告音とともにスーパーコンピュータがミサイルの着弾を知らせる。続いてコンピュータが弾き出したのは、この攻撃で数万人が犠牲になったとの計算結果。これを受け、この惑星では規定時間以内にコンピュータが作成した名簿に記載された住民全員を安楽死させるという。その名簿の中にカーク船長一行の名も含まれている。実はこの惑星、もう何十年も隣の惑星と戦争状態にあるのだが、最近では実際にミサイルが飛んでくることは無く、高度に進化したコンピュータ同士が勝手に戦争をシミュレートしている。攻撃が有効であったとコンピュータが判断した場合、被害を受けた側の惑星は計算された被害額を相手の惑星側に送金し、死亡したと想定された人数を安楽死させているのだという。さあカーク船長はどのようにしてこの難局を乗り切るのだろうか?
 中学生の頃夢中になっていたハヤカワSF文庫「宇宙大作戦」シリーズの中で最も好きだった一編である。なるほど技術が進歩してくると戦争もこのようになるのかと驚愕した覚えがあるのだが、最近報道される戦争の映像を見ていると、このサイエンスフィクションがまさに現実化の一歩手前ではと思えてくる。アメリカ軍は湾岸戦争、アフガン戦争などで多数の米兵に死者を出したことを受け、最近はもっぱら無人機を飛ばして標的を空爆する手段に訴えている。無人機を操縦する兵士は恐らく軽装で、快適な一室のシートに腰掛けて標的を映し出すディスプレイと向き合っている。コーヒーを片手に操作しているのかもしれない。ディスプレイにはおなじみの十字サインが映し出され、次の瞬間にはその十字の交差する所へ正確に着弾して爆発した映像が映る。イスラエルではもっと小型の無人機が投入され、一説によればそれは静かに飛んできて標的の顔認証を行い、五寸釘みたいなものを眉間に打ち込んでターゲットを殺害するなどという、俄かに信じられない技術が既に実現しているという。そこには轟音も無く、臭いも負傷した人のうめき声も無い。恐らくは攻撃に当たる兵士の、人を殺すということにかかる心理的なプレッシャーもずいぶんと軽減されることだろう。今後も無人機や戦闘ロボットなどの開発、実戦投入は加速することが予想され、当然の帰着として今までより簡単に、より頻繁に軍事介入が世界各地で行われるようになるだろう。そして一度始まった攻撃は容易には収まらず、情け容赦なく人々の殺戮を続けるに違いない。何故ならば、戦争や戦闘が収まるために最も必要なことは流される血の多さ、あるいは目の前に横たわる累々たる死体に現場の兵員や政府が怯むことだからである。戦場に在って実際に腕を飛ばされたり、頭を打ちぬかれた兵員の姿を目の当たりにして厭戦気分が高まることなくして、休戦は起こりえない。リアルな戦場から遠く離れた所でモニターを観ながらゲーム感覚で射撃を続ける限り、心理的な歯止めはかからないのだ。斬首された人の映像はあまりにも残酷でおぞましいが、アメリカがありもしない大量破壊兵器を理由に言いがかりをつけてイラクを空爆したその地では、きっとバラバラになった一般住民の遺体、焼け焦げた遺体があふれていたに違いない。そのような映像はきっと戦場ジャーナリストによってたくさん記録されているに違い無いのだが、恐らく意図的に巧妙に我々の目に入らないように操作、削除されている。斬首の映像に怒りを顕にし、一方的に被害者面をして絶対に許さないと涙を浮かべて報復を誓う前に、我々の同盟国がかの地でどれほどの数の民間人を無人機による誤爆で殺害してきたか、どれだけの母親、子供たちを泣かせてきたのか、本なり映像をきちんと探し出して見知るべきだと思う。そのような情報を我々に届けることに大きな意義を見出し、自らの命を危険に曝してでも敢えて紛争地に向かうジャーナリストの死に対し、自己責任論を持ち出してくる今の論調をとても残念に思う。何千人にも及ぶ民間人の犠牲をコラテラルダメージ(必要な、仕方の無い犠牲)と一言で片付けてしまう国の同盟国として集団的自衛権を行使する、つまりアメリカの求めに応じて中東その他の遠隔地に派兵するということがどういう結果に繋がるのか、16億人とも言われるムスリムを敵に回すことにならないのか、とても心配だ。恐らく派兵先で日本の兵隊に一人でも犠牲者が出れば、それだけで日本人の厭戦気分は最高潮に達するのだろうが、残念ながらその時には既に憲法も各種法律も皆変えられていて、国防軍の維持のために徴兵制の導入が検討されることになるに違いない。今の日本は非常に危険な時期にあると思わざるを得ないのだ。
 確かカーク船長はコンピュータを破壊するか何かして対戦している惑星との連絡を絶つ。そんなことをすれば本物のミサイルが飛んでくると恐れる政府高官達に、本当の戦争のおぞましさを再認識させるべく画策する。実際に何万人もの血が流されることを経験することが和平への道を切り開く唯一の手段だと考える。結局ギリギリのところで和平交渉が結実し、エンタープライズ号は無事に惑星を後にするのであった。
 今日本では件の斬首事件を機にどちらかというとイスラム教それ自体への拒否感が強くなりつつある。もちろん彼らイスラム過激派が行っていることの殆どは人道的に許されることでは断じてなく、元よりイスラム教の教義からも外れることだ。しかし一体何が彼らをして、これほどまでに過激な行動を採らせているのか、彼らを生みだしたその根源が奈辺にあるのかをきちんと学び知るべきだとも思う。日本国民が呆れるほど政治に無関心で投票にすら行かず、その結果明らかに好戦的な人間にこの国の舵取りを任せてしまった今、日本のおかれている状況は先の戦争前夜と極めて似てきていることは間違いないことだと思う。戦争の悲惨さを平和ボケの日本人に思い出させるためには、ディスプレイの中に映るミサイルの着弾映像ではなく、爆撃で破壊された街や、怪我人あるいはわが子を失って泣き叫ぶ母の姿を繰り返し見せることの方がずっと効果的なのかもしれないとも思うのだった。