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フルマラソン体験記

 冷たい雨が降っています。寒いですね。不思議なもので冬の雨は雪よりもずっと冷たく、寒く感じます。
 政治の世界は衆議院選挙に向けて慌ただしく、候補者たちは熱く語っていますが、今日の天気のごとく何だか冷めた感じを受けるのは何故なのでしょうか。「この道しかない!」と言われるとナイーブな少年時代は焦りましたが、おじさんになるとそのような断言口調には却って怪しいものを感じるようになります。TPP交渉における「急がないと乗り遅れるぞ!」という言説も、もう飽きましたね。もう少しゆっくり、ゆったり構えていても日本が潰れるなんてことは無いですよきっと。乗り遅れたら、次の普通列車を待つまでのことでしょう。

 さて今回は先日初参加したフルマラソンの体験記をアップします。持久走が大嫌いであった少年が齢50近くになって、まさかフルマラソンを走るとは、当の本人が最もびっくりしています。

 愛犬の散歩を機として始めた日々の運動だったが、やがてウォーキングのみでは満足できなくなり、少しずつ走り始めたのが2012年5月のことだった。それまでの数年間ほぼ毎日1時間は犬たちと歩いていたので基礎体力は養われていると高を括っていたのだが、これが大間違いであった。走り始めた当初は数分で息が上がり、膝はカクカクと笑い、心臓は早鐘のごとく打って程なく立ち止まってしまうのが常だった。生来飽きっぽい性格であることに加えてランニングがこれほどの苦行である以上、三日坊主で終わることを最も心配していたのは他の誰でもない自分自身だった。ところが現在まで3年間、おおよそ週に二回の頻度でランニングを継続できた背景には、飽きっぽい少年も馬齢を重ね、度重なる苦い経験を積んで徐々に我慢強いおじさんになったこと、そして何よりも常日頃糖尿病患者さんに運動の大切さを繰り返し説いて聞かせていることがあるように思う。自分が実際に出来ないことを人に求め続けるのはよほど鈍感でなければ無理であり、実は結構なストレスになるものだ。世の中特に永田町界隈には実行の伴わない空語を語り続けることが得意な人達も多く居て、実際鈍感で図太くなければ勤まらない仕事のようだが、たぶんそれはそれで辛いのだ。冗談はさておき、とにもかくにも言動一致あるのみの精神で走り続けた3年間だった。
 さてそれなりに走れるようになってくると、当初は全く興味の無かったマラソン大会に眼が向くようになる。自分の健康のために走っているのであって記録なんて二の次だと思っていたのだが、多聞に漏れず徐々に自分の力が今どの程度なのか試してみたくなった。そんな訳で、2013年5月仙台国際ハーフマラソン大会に初出場を果たした。この辺りの事情については以前このコラムでも詳しく書いた。その後も松島や山形で開催されたハーフマラソン大会を楽しんできたが、ハーフマラソンも回を重ねると徐々に物足りなく感じるようになってくる。やはり何度完走してもハーフは半人前で、フルマラソンを走り切ってこそ一人前の市民ランナーとして名乗りを上げられるように思えた。しかし流石に42キロはそれほど簡単に走破できる距離とは思えないし、何よりもやがて50歳を迎える自分の身体が耐えられるはずがないとの恐怖が頭を過ぎる。でも今までずいぶん多くのことを試しもせずに諦めてきた。小学生の学芸会演劇での主役然り、野球のレギュラー選手を決めるテストもまた然り。高校生の時は担任から志望大学を決めるに当たり、どうせ浪人する覚悟ならもっと大胆に挑戦せよと叱咤激励されたことも記憶に残る。人生最大の挑戦であった独立開業を果たして早10年が経過し、最近はやや守りの人生を送っている自分に忸怩たる思いもあった。よろしい、ここは一つやってみようと思うに至った。
 まずはフルマラソンの大会予定を専門のインターネットサイトで調べる。あまり遠隔地では移動の時間がかかりすぎて無理だから、なるべく東北地方開催の大会が望ましい。加えて大会終了後の疲労と身体へのダメージを考えると、大会翌日は休みだとありがたい。そんなに都合良く条件の揃った大会などあるのかと思ったら、飯坂温泉で開催される「茂庭っ湖マラソン」という大会がヒットした。早速詳しく調べると、未だ歴史の浅い大会で、参加人数も1000人に満たない小ぶりな大会であることが判明した。早速エントリー。さあ練習あるのみと意気込んだが、思い描いたように進まぬはいつものことで、予定した練習量の6割程度を消化した時点で大会当日を迎えた。
 余談だが、今回宿泊を飯坂温泉の古い旅館、「青葉」でお世話になった。天然かけ流しの温泉も素晴らしかったが、女将さん手作りの郷土料理がどれも秀逸で、翌日のことを忘れてついつい飲みすぎてしまった。小さな旅館だが、それ故アットホームな感じがとても良く、再訪したいと思わせる数少ない日本旅館であった。
 大会当日の朝は曇っており、気温も低め。寒さ対策を考慮して長袖のウェアを選んだが、時間が経つにつれて晴れ間が広がり、気温が上昇。ウォームアップ時点で既に汗が出る。このままでは暑くて消耗するかなと危惧し、急遽現場で出張販売していたスポーツ店で半そでウェアを購入して着替えたが、これが大正解であった。
 号砲がなり、レースがスタート。頭では十分に解っているのだが、自然にペースが上がる。気がつけば1kmを5分40秒で走っており、完全にオーバーペース。このまま続けられるはずがないとやはり解っているが、身体が勝手にスピードアップする。予想通りハーフを過ぎる辺りから疲労感が強くなり、ペースを落としながらそれでも30キロを通過。今まで走ったことのある最長距離は32キロだが、それより先は未体験の世界。まあ何とかなりそうだなと思った瞬間から頻繁に足が攣るようになってきて、ちょっとした刺激で下腿の筋肉が強烈に痙攣する。距離表示は35kmを示しており、残り7kmだ。この状態で7kmはかなり辛いと思いつつも、リタイアは無念だ。まず立ち止まり、ガードレールに摑まって、定石どおりに両下肢を念入りにストレッチ。その後膝の屈伸運動もしっかりと行い、数分間はウォーキング。持参した大きな梅干を齧ってスポーツドリンクを飲む。フルマラソン後半での筋痙攣は、もちろん過度の筋肉疲労がその原因として大きいが、塩分不足も無視できない。エイドステーションで供されるスポーツドリンクはあまりにも薄く、これでは塩が不足する。それを見越して梅干を持参したのだが、どうやら足りなかったようだ。それでも不思議なもので、残り5kmの表示を通過した頃から幾分楽になり、気持ちが高揚してくる。此処まで来ればあとは歩いてもゴールできる、そんな思いに励まされてペースアップ。40kmを通過して自然に笑顔になる。残り1km、そして最後の200m、大勢のスタッフや観客の待つゴールに古女房の姿を見つけ、笑顔でガッツポーズ。
 何事も実際にやってみなければその成否は解らない。夢や憧れを全く持たぬ人は居ないと思うが、それらの実現を実に多くの人達が実際に試しもせずに頭から自分には無理だと決め付けてしまう。大半の人が長年そのようにして育ち、生きて来たのだから仕方がないのだが、人間の潜在能力は実は自らが思っているよりもっとずっと優れており、念ずれば通じる、あるいは努力は裏切らぬと信じたいと思う。神と言うと違和感を覚えられるなら、大いなるものでも構わないが、とにかく人知を超えた存在から自らに与えられた能力を最大限に利用するべく常に努力を厭わないのが人間の正しい在り方のように最近思っている。マラソンでなくてもちろん構わない。一見して達成が困難と思われる何事かを常に目標として定め、たとえ牛歩のごとくであったとしても諦めずにその目標へ進む精神力が欲しいと強く願う。読者諸氏の健闘を心から祈る。