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風邪のお話再び

 朝夕めっきり寒くなり、秋本番を迎えています。夜明けも徐々に遅くなってきて早起きが辛くなり始めました。それでもこの季節は、カエデの紅葉やイチョウの黄葉がとても綺麗で、散歩しながら楽しんでいます。
 季節の変わり目で体調を崩される方が多く、外来は混雑しています。診察の際に休養をお勧めしますが、大多数の皆さんが苦笑いしながら、「休めないんですよ。」とお答えになります。皆さんお忙しいことなど元より承知しています。でも休まなければならない、とても大切な理由があるのです。今回はそんなことを考えながらエッセイを書きました。

 先日代表的なソーシャルネットワークサービスであるフェイスブック上で健康保険による風邪薬の使用を制限する案に関して少し議論をした。「風邪薬は症状を緩和するにすぎず、風邪を治すことは出来ない。症状緩和に必要な薬はごくわずかであり、風邪の時には暖かくして、消化の良いものを食べて、ゆっくり休みなさい」が一番ではないかと意見を述べた。それに対して「あんたなんかに言われる前に、休めるんだったら休んでいるぜ。5分刻みでアポの入る世界のことをご存じない世間知らずの医者には、とやかく言われたくないですね。」との反論が寄せられた。まあネット上でお互いの顔が見えないやり取りは、どうしても過激な表現が多くなることを承知した上で反論してみたい。
 皆さん忙しいのは重々承知の上で風邪引きさんに対していつも休むように申し上げているのであるが、なかなかその真意をご理解頂けぬようなので敢えて言わせて頂く。休めないのではなくて、単に休みたくないだけではないのか。仕事を休めば同僚らに迷惑をかけるから、あるいは休んだ分のしわ寄せが後日自分の時間を奪ってしまうから休みたくないのではないか。結局休むことが自分にとって不利益なこととしか思えないから休まないだけなのではないか。つまり何処までも自分の利害が中心で、他人の事情については一顧だにしない態度だということがお分かりにならぬか。風邪といっても立派な感染症なのであり、ゴホゴホやりながら仕事を続けていれば、周囲の同僚や部下に感染させる恐れがあることを少しは考えたことがあるだろうか。5分刻みのアポを風邪引きの人がこなすということは、最悪の場合5分刻みで風邪を人にうつしまくっていることと同義であることにそろそろ気付いて頂きたい。加えて総合感冒薬を飲んでボーっとした状態で仕事の能率が果して上がるのか、はたまた営業の自動車運転で事故を起こしかねないことも少しは考えて欲しい。
 風邪を押して能率の悪い仕事を何とか終わらせた人は、ああ良かったこれで周囲からとやかく言われずに済むとおもうのだろう。次の週に同僚ないし部下が体調を崩して休んだ時、恐らくその人は「風邪ぐらいで休むんじゃねえよこのボケっ!」と言うのだろうが、その原因がその人にあることにきっと考えが及ばないのであろう。
 一方で「風邪の時には暖かくして、消化の良いものを食べて、ゆっくり休みなさい」は上から目線で命令調であり、典型的な医師のパターナリズムであるとのご批判も頂いた。このことに関しても考えるところを述べさせていただく。「風邪の時には暖かくして、消化の良いものを食べて、ゆっくり休みなさい」は恐らく医師が最初に言った言葉ではない。親から子へ、そして孫へ代々伝えられてきた養生訓のようなものだとおもう。恐らくはるか昔、家族や親族が共同体を作って農耕に勤しんでいた時代から風邪はあり、食べさせて休ませていれば自然に回復するという経験を何度も積み重ねるうちに自然と編み出された古からの知恵なのだとおもう。加えて風邪が伝染するものであることも徐々に判ってきて、体調を崩したメンバーを休ませて、他のメンバーと接触させないことが得策であるという知恵をも得たに違いないのだ。「風邪の時には暖かくして、消化の良いものを食べて、ゆっくり休みなさい」は医師が下す命令では断じてなく、体調を崩したメンバーに対して共同体が出す一つの要請だったのだとおもう。その要請の背後には、「ゆっくりと休んで早く元気になって、また一緒に精を出そうね」という温かいメッセージが含まれているのだとぼくはおもいたい。
 ここまでお読み頂いた方には、風邪を引いた時にあなたが休むべきである理由のいくばくかはご理解頂けたことと思う。他のことはどうでもよく、自分のことだけしか考えられない人のことを世間知らず、またの名を子供という。大人は常に他人のことも考えるものである。ぼくは常に大人でありたいと強く願っている。皆さんは如何であろうか。