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根も葉もないこと

 今年も半分が過ぎ、今日は早くも七夕です。梅雨入りして丁度一月が経過しました。今年は雨の多い梅雨ですね。南方では台風の動きも気になるところです。
 もうすぐ夏休み。子供さんが居るご家庭では、毎年のことながら夏休み、けっこうストレスに感じることも多いのではないでしょうか。最近ではあまり宿題も多くないのかな。
 最近朝の散歩途中で出会う種々の植物を図鑑で調べて記録するのが日課になりました。自由研究に良いかもしれませんね。

 今年米寿を迎えた父親に捧げるエッセイを書きました。

 小学5年生の時であったか、夏休みの自由研究で野に咲く花々の押し花標本を作ったことがあった。毎年この自由研究に悩まされ、夏休みも終盤近くになってからあたふたと慌てて泣きが入るのは、古今東西を問わず夏休み後半を迎えた家庭で見られるおなじみの光景かもしれない。とにかくこの年も残りの休みが乏しくなってきた頃に漸く重い腰を上げて取り組んだ。近くの里山で花を採集してきて押し花にしてしまえば、後は父親にその名を尋ねて書き込めば一丁上がりだ。植物分類学などという、一体何の役に立つのかわからない学問を専門にしている父親も、この時ばかりは役に立つ。そんな風に考えていた。
 押し花標本を作るには根気が必要だ。まず採集してきた標本を形良く整えてから古新聞に挟む。その上に何枚か更に古新聞を重ね、上に重しを乗せる。当時我が家には百科事典やらランダムハウスの英和辞典、そして国語、古語辞典と大きな本が溢れており、これを何冊も上に重ねて重しにしていた。考えてみればこれらの辞典類、引いて知識を増やしたことよりも、標本作りの重しとして利用したことの方が圧倒的に多かった。あの頃これら万巻の書物を読破していれば、私も今のような凡庸な人間ではなかったはずだ。残念至極。さて一日放置すると標本からにじみ出た水分で古新聞はしっとりと湿っている。毎日この湿った新聞を入れ替えてやらないと、カビが生える。しょっちゅう忘れる息子に代わって、父は淡々とテレビを見ながら新聞交換を行うのだった。
 ある日標本の出来具合を見ていたら、父が覗き込んでこう言った。「葉っぱと根っこはどうした?」確かに私は植物の花だけを切り取ってきていた。葉っぱは申し訳程度で、根っこに至っては土も付いていて汚いし、虫も一緒に出てきそうで嫌だった。そんなことをもぐもぐと言い訳したら、父はそれ以上何も言わずに「そうか。」とだけ呟いてその場を離れた。何だ、せっかく褒めてもらえると思ったのに。そんな想いをぐっとこらえて、その後父の協力というか、全面的に教えてもらって標本に植物の名前を付け、ついでに当時少しだけ興味を持ち始めていたカメラで撮影した植物の写真を隣に貼り付けて研究は完成した。この標本は好評を得て夏休み明けの発表会か何かに出展され、なんと仙台市科学館館長賞を受賞した。一目散に帰宅してそのことを報告すると、父は柔らかく微笑んで、「そうか、良かったな。」とだけ口にして、褒めるでもなく、嬉しそうでも無かった。その姿に何だか拍子抜けしてしまい、その後の自由研究も泣かず飛ばすに終わった。
 時は流れて数十年後、父は退職して植物ガイドのようなボランティア仕事をするようになった。植物愛好家が自ら作成した標本を持って訪ねてくる。その植物の名前、特徴などを教えていたのだが、その頃父がある雑誌に載せていたエッセイを読んで衝撃を受けた。そのエッセイには次のような一節があった。「植物種の特定は花だけでは難しい。その葉、根に特徴がある場合も多く、標本を作製する際には花だけではなく、葉と根も必ず残すようにしたい。葉っぱも根っこも無い標本を見せられたら、私根も葉もないことを言いますよ。」これを読んで私は目頭が熱くなった。あの時、父は植物分類学者として息子に標本作りの基本を教えたいと思ったはずだ。しかしあまりうるさく言うと私がへそを曲げてしまうと考えたのかもしれない。たしかにガミガミ言われたら、きっと私は途中で標本作りを投げ出してしまったに違いない。あれは父なりの優しさだった。
 その父も今年米寿を迎えた。この頃はすっかり恍惚の人となり、植物の名前を尋ねても「はて何だったかな?忘れたなあ。」と返すことがめっきりと多くなってきた。あれだけ豊富であった知識が失われていく。仕方がないことだと解っていても、何とも寂しい。そんな想いもあって最近植物の名前を調べたり、植物生理学を勉強したいと思うようになったのである。それはやがてこの世から旅立つ優秀な植物分類学者であった父親に捧げるオマージュなのかもしれない。