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年末のご挨拶(この10年を振り返って)

 今年も残すところ数日になりました。皆様にとってこの一年はどのようなものでしたでしょうか。年初に立てた目標は実現できたでしょうか。良い一年であった方には祝福を、悪い一年であった方には慰労の意味をこめて、一年の締めくくりにいくつかのエッセイを掲載します。いずれもfacebookとTwitterに投稿したものです。年末の慌ただしい時間、一休みしながらお付き合いください。

①漸くお仕事終了。今日も大勢の患者さんとお話しした。笑顔を絶やさぬように心がけるが、最後の方は引き攣った笑顔だったに違いない。毎朝仕事を始める前に神棚に手を合わせ、今日も一日イライラせず、決して怒らず、優しく、常に笑顔で居られますようにと拝むのが日課だが、そうあることは結構難しい。

 このクリニックを開院する時、とにかく優しさを忘れず、決して患者さんを非難せず、常に笑顔で居られるようにと心に誓いました。10年経ちましたが、なかなか誓いを維持するのは難しいものです。

②漸く午前の診療を終了。疲れ気味で、なんだか絡みたくなる気分。人気のラーメン店で、[スープが無くなり次第終了]ってよくある話だけど、不親切というか、傲慢な感じを受けません?仮にもサービス業の一つなんだから、1日何食分位用意してあって、何時頃には無くなるという程度の情報は欲しいなあ。
 僕もクリニックの玄関口に貼り紙でもしようかな。[診療は院長のやる気が無くなり次第終了します]って感じ。うん不真面目だった。申し訳ない。

 これは本音です。集中力が切れてくると、ああ今日はもう終わりたいと思うこともしばしばです。そんな時、「やる気」が無くなり次第診察終了などと不謹慎なことをつい考えてしまうのでした。

③午前中のお仕事終了しました。月末なのに混雑。「なんでこんなに混むんだ!」とのクレームに、「それはあなたが来るからです!」と答える(もちろん心の中だけで)。休日に訪れたディズニーランドで混雑していることに腹を立て、不機嫌になっているお父さんとおんなじだね。他責的に考える前に、よおく自分の行動を見直してみることが大切だと思うのです。何だか最近の日本は悪者探しばかりが目立って、いやだなあ。毎日どこかで誰かが頭を下げているけれど、それっきり。現代社会を嘆く人も多いけれど、そんな社会にした責任の一端は自分にもあるんだという自責の念が誰にもほとんど感じられないのは問題だと思うのです。

 これも本音です。何か問題が起こるとすぐに「責任者出てこい!」といった風潮ですよね。威勢良く他人を非難する前に、果して自分自身は大丈夫なのだろうかと一歩引いて自省する態度はとても大切だと思うのです。
 クリニックの使命として、なるべく臨時休診がなく、時間通りの診療を心がけたいと思っていますが、こちらも生身の人間です。繁忙期にはさすがに疲れます。そんな時こんな風に感じることもあるのです。

 次からは笑い話をいくつか。

④「最近やけにオリンピックマークをつけた車が多いわよね。日本人って熱狂しやすいから。」わが細君が真顔で言う。ぼくはその粗忽さが彼女の大きな魅力だと思っている。その車はオリンピック公用車ではないのだよ。良くマークを見てごらん、君と同じで一本足りないだろう。外国製の有名な車なんだぜ。

⑤粗忽な人の話ブランド編。ある日保護者会から帰宅した妻が鼻息荒くこう言った。「○○君のお母さん、今日学校の下駄箱でアイガモのブーツ盗まれちゃったのよ。」ん??不覚にも一瞬合鴨の羽毛に包まれたブーツを想像してしまった。おい勘弁してくれ。合鴨はブーツではなくてソースで食するものだろう。

⑥「もっと長いスタンで考えないとダメだと思うのよ。」また我が愛妻が迷言をのたまう。言いたいことは良く解るが、もう少し英語をしっかり勉強しないと。君のあまりにも独創的な迷言に、ぼくはもう気絶しちゃいそうだよ。まあ君の英語が進歩するまで、もっと長いスパンを取って気長に待つことにするよ。

 クリニックを開いて10年目になりますが、この間裏方に徹してサポートをしてくれた妻には心から感謝しています。私はどちらかというと用心深い方で、「石橋を叩いても渡らない」タイプ。一方妻は「石橋を叩き割りつつ渡る」タイプ。クリニック開院の際にもさんざん迷った私の背中を押すというか、蹴飛ばしてくれたのはまさに妻でした。
 彼女にはとても面白いエピソードが多く、その一つを数年前仙台市医師会誌で紹介したところ、好評を頂きました。そのエッセイは本コラムでも掲載しています(「明るい家庭生活」)。その続編をいつか書かなければと思っていたのですが、Twitterで少しずつ呟くことにしました。

 専門としている糖尿病ですが、不思議な話もあるものです。最後は尊敬していた中学時代の恩師への鎮魂歌です。

⑦中学校時代、心底敬愛する先生がいた。担当教科は理科で、当時あまり理科が得意でなかった僕は先生に気に入ってもらいたい一心で猛勉強して、何度かテストで100点もマークしたことを記憶している。その先生がある授業の時ぼそっとひとり言のように呟いた、「グリコというのは甘いという意味で、良くないことだな。」という言葉がなぜか耳についていたのだが、先生は甘いものが嫌いなのだろう程度に思っていて、その後長い間忘れてしまっていた。
 時は流れて数年前のこと、突然決まった初めての同窓会の席で先生の訃報と、持病の糖尿病と長い間闘っておられたことを知った。その時、件の言葉がよみがえり、その言葉の謎が一気に氷解した。僕が中学生であった1970年代、糖尿病診療にとってとても大切なグリコヘモグロビンの検査が漸く普及し始めていた。恐らく先生はグリコヘモグロビンの検査を始めて受けられ、その意味するところを理科の教師ならではの知識で正確に理解し、ご自分の病状が芳しくないことも把握されたのだろうと思う。今と違って選べる薬もほとんどなく、インスリン注射の種類も限られていた時代、糖尿病を持ちながら教師の仕事を続けることは困難の連続であっただろうと思う。しかしそんな様子は少しも見せず、いつもカッコよい着こなしで颯爽と現れ、明快な授業、陸上部と音楽鑑賞クラブの顧問を務めた先生であった。  
 その先生を敬愛し、憧れたぼくが医師となり、そして糖尿病を専門にするようになったことに、何か運命のようなものを感じるのだった。先生に褒めてもらえるようにこれからも頑張りたい。

 最後までお付き合い頂きありがとうございました。本年の診療は本日28日をもって終了させて頂きます。新年の診療は1月6日(月)より開始致します。それでは、新しい年が皆様方にとりまして素晴らしい年になりますようお祈り申し上げます。