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おもてなしの心

 冷たい雨が降っています。これからひと雨ごとに秋が深まっていくのでしょうね。それにつけても今年は台風の当たり年、今現在も大型の台風が日本列島に接近中で、今週末は大荒れになりそう。せっかくの日本シリーズですが、ちょっと天候が心配です。
 朝晩急に冷え込んできたので、風邪が流行しています。うがい、手洗い、マスク着用は徹底してください。

 流行語にもなりそうな「おもてなし」について今回は考えてみました。

 先日ある雑誌を読んでいて、東京の都営霞ヶ丘アパートのことを知った。東京オリンピック招致成功の陰に隠れて進行する弱者排除の象徴として印象的だったので、今回エッセイの題材に選ばせてもらう。
 都営霞ヶ丘アパートは現在の国立競技場近くに建つ古い集合住宅である。1964年(昭和39年)に開催された東京オリンピックに際し、現在の国立競技場建設用地に居住していた住民達を立ち退かせて、彼らの移転先として建設された。老朽化が進んだとはいえ、未だに高齢者を中心に数百人が居住する。東京都は今回の2020年オリンピック招致成功を受けて、新しい国立競技場(オリンピックスタジアム)及びその他の施設を大幅に新設ないし改築する計画で、その中にこの霞ヶ丘アパートの取り壊し案が盛り込まれている。驚くべきことにこれらの計画に関して、今まで一度も住民に対して相談や説明が無かったとのことである。つまりこの都営アパートに居住する高齢の住民達の多くにとって全く寝耳に水の事態であり、このままだと2020年東京オリンピックを理由に、彼らは人生で二度目となる、意にそぐわない転居を余儀なくされることになるのだという。
 今回の招致活動において、東京招致委員会が行った最終プレゼンテーションの出来栄えは見事なものだった。猪瀬東京都知事の拙い英語でも、経済的な安定、高度に発達した輸送システムとインフラの整備等言いたいことはきちんと伝わっていたし、何よりも滝川クリステルさんが流暢なフランス語で訴えた日本の安全と「おもてなし」は少なからず委員の心を掴んだと思う。東日本大震災や長引く不況など暗い話題が多かった日本において、今回のオリンピック招致成功は久しぶりの明るいニュースであったことを認めて素直に喜びたい。何よりも様々なスポーツで、ちびっ子選手たちが眼をキラキラさせながら将来のオリンピック代表を目指して練習に頑張っている姿は微笑ましい。彼らを心から応援したいと思う。だからこそ我々大人は有言実行あるのみ、あれだけ大見得を切った以上、しっかりとした「おもてなし」を目指さなければならない。そのためには、何をおいてもまず本当の「おもてなし」とはいったい如何なることなのかをしっかりと考え直してみなければならないと思うのだ。
 東京都及び政府は今後7年間かけて各種競技施設を新設ないしは大改修する計画だ。そのための資金は東京都がその大部分を既にプールしており、国の援助が無くてもある程度自前で用意できるという。自分たちの貯金なのだから、どのように使おうと誰に文句を言われる筋合いのものではない。確かにその通りなのだが、ぼくはそこにかすかな違和感を覚えるのだ。2年半前、類稀なる大地震で東北地方は壊滅的な被害を被った。何万という犠牲者の背後には、今も最低限の生活さえ送れぬ多くの遺族が存在する。希望を失い、酒やパチンコに溺れる人達も数多い。彼らの生活を支える仕事の手配や心のケア、復興住宅の建設も、はたまた新しい防潮堤の建設もまだまだ道半ばである。そんな時にいくら自分のお金だからといっても、外からお客さんを迎えるためだけの豪華絢爛な施設を建設することが出来てしまうところに遠慮の無さというか、下品さを感じてしまうのだ。もう少し謙虚さ、あるいは他への思いやりがあって良いように思う。東北地方に住む同胞の回復があってこそのオリンピックであり、まずは今現に国内で日々の生活にさえ困窮する被災者を手厚くもてなすことが喫緊の課題ではないのだろうか。加えて人生において二度も強制的な転居を強いられる人達が居ることを無視して施設の建設を進める感性のどこに「おもてなし」の心が存するのかはなはだ疑問に思うのだ。
 恐らく東京都、政府の肝いりで建設が進められる新国立競技場や選手村は眼を見張るような代物になるのだろう。そこで供される「おもてなし」は確かに素晴らしいものに違いない。しかしここでしばし立ち止まって考えてみたい。贅を尽くした建物、アメニティーだけが日本の誇る「おもてなし」なのだろうか。ぼくは断じて違うと思う。心のこもった「おもてなし」とは贅を極めた建物や料理のことではなく、もてなす側の思いやりがその大部分を決めるものだ。仮に安普請の家だってかまわない、その代わり家の隅々まで徹底的に掃いて拭いて磨いて、塵一つ落ちていない状態でお客様をお迎えしたい。仮に欠けたお椀やお皿で料理を供さなければならなかったとしても、さりげなく季節の花や葉を添えることで何とか凌ぐ工夫こそが代々我々の行ってきた「おもてなし」であったはずだ。あるいはお客さんの表情、仕草から体調の良し悪しを読み取ってお料理の量や食材を調節、変更したり、聞くとはなしに聞いた会話の内容から記念の写真を撮る手配をする、はたまた記念の品を用意したりすることが日本の誇る「おもてなし」ではないか。先日久しぶりに再会した大学の同級生が秀逸な意見を述べていた。曰く、オリンピック選手村はともかくとして、各国の大会委員やボランティアは東北の仮設住宅あるいは復興住宅に滞在させれば良いと。そうすることで東日本大震災の実態を知ってもらえるだけではなく、我々日本人がどんな苦境にあっても決して負けず、助け合いながら生き抜いている姿を全世界に伝えることが出来るはずだと。選手村をオリンピック終了後に復興住宅として利用する案も検討されて良い。この意見を全面的に支持したい。
 愚痴っぽく文句を言うことが本意ではない。とにかく7年後には東京オリンピックが開催されることが正式に決まった。そのことが幸か不幸か、今の時点では何とも言えない。しかしとにかく決まった以上は、オリンピックが成功するように全国民一丸となって全力を注ぐべきである。まず行うべきは徹底したお掃除だと思う。「東京は福島から200km以上離れているから放射能の心配は無い」というような情けない言い訳をするのではなく、これから7年かけて日本の技術力を駆使して、しっかりと除染を進めようではないか。どんなに離れていても、たとえお客さんが泊まらなくても、納戸、押入れ、物置までもきちんと綺麗に掃除をしておくことこそが「おもてなし」の第一歩だと思う。