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断言口調は科学になじまない

 すっかり秋めいて来ました。今日は名残の暑さとでもいうべきでしょうか。これからは台風シーズンで、さっそく今週末から週明けにかけては東日本に台風が接近する予報です。被害が出ないと良いのですが。

 安部首相の言葉に触発されてエッセイを書きました。

 市民検診の時期なので、その結果に関して相談に来られる患者さんが最近多い。血圧が高めとかコレステロールが高いといったケースがほとんどで、その都度高血圧や脂質異常症の病態について一通り説明し、それらを無治療のまま放置した際に何が起こる可能性があるのか、そしてその治療方法に関してもお伝えする。懇切丁寧とまでは行かないまでも、可能な限りわかりやすい言葉を用いてご説明するのだが、多くの患者さんが最後に口にするのは、「それで、結局のところ大丈夫なのでしょうか?」の一言である。これに対する僕のお答えは、意外に思われるかもしれないが「うーん、それはわかりません。」である。そうすると皆さん例外なく不服そうな顔つきをなさるのだが、現在の医学でわかっていることは、健常者と比べて高血圧や脂質異常症を有する人たちは脳梗塞や心筋梗塞を起こす割合が高いということと、それらに対して治療介入を行った際にはその割合がある程度減少するということだけであって、換言するとそれは確率の問題なのである。つまり高血圧や脂質異常症を放置した際に具合が悪くなる確率がどのくらいあって、治療を施せばその確率がどの程度低くなるかの問題なわけで、どんなに頑張って治療してもその確率がゼロになることは無い。したがって先の質問、「大丈夫なのでしょうか?」に対して「治療すれば絶対に大丈夫です。」と断言はできないのである。もし自信たっぷりに断言する医者がいたらあまり信用しない方が良いと思う。
 先日ブエノスアイレスで開催されたIOC総会で2020年オリンピックの開催地に東京が選出されたのだが、東京招致委員会が行った最終プレゼンテーションの場で我らが安部首相は、福島原発の汚染水漏えい問題に関する海外メディア記者からの質問に対して声高らかに、自信ありげにThe situation is under control.と断言してしまった。この断言口調に対して、少しでも科学をかじった者は恐らく強烈な違和感を持ったに違いないと僕は思う。病気を含めて、自然界のありとあらゆることに関して絶対ということはないのであって、「たぶん」とか「恐らく」と言ったあいまいな表現こそできても、「完全に」とか「100%」といった断言口調の表現はこと自然科学の分野にそぐわないものだ。未知なる事象の因果関係について十分な検証なしに結論を断言してしまう人は科学の初心者か、注意力、想像力の著しく欠如した人だと思う。科学に敬意を表する人ほど、ある事象の原因と結果に関してより慎重な言葉運びをし、逡巡するものだ。「この実験結果からはAの原因として恐らくBが考えられる。しかしCという可能性が残り、Dである可能性もゼロではない。それらを検証するためには更なる実験が必要で、今後の課題だ。」の繰り返しが科学なのであって、少ない情報を自分の希望的観測のみで解釈して「Aの原因はBである」と断言するのは全く科学的ではない。福島の汚染水漏えいは今まさに現在進行形の危機であり、「このままで大丈夫なのでしょうか?大丈夫と言うのであれば、その科学的根拠を示して下さい。」との至極当然な質問に対して、科学の心を持った人、いや正直な人ならば「残念ながらよくわかりません。しかし大丈夫になるようにこれから7年間かけて我が国の技術、知識を総動員して全力で対処するつもりです。より早期の解決のためには日本のみならず、全世界的な知の結集が必要です。皆さんのご協力をお願い致します。」とでも答えるはずなのだ。それを安部首相はあたかも汚染水の問題は全て把握しており、その管理は完璧で、汚染は港湾内に留まって何も心配がないかのように断言してしまった。その舌の根も乾かないうちに今回の汚染水海洋流出の報道である。結果として日本政府の危機管理能力への疑念、日本の科学への信用失墜を招いたことは間違いがない。
 科学は人類に多大な貢献をしてきた。しかし科学は万能ではない。一歩間違うと凶器に変貌することは先の大戦中の原爆、毒ガス、種々の人体実験をその例に引くまでもなく明らかなことだ。これからも様々な新知見が集積され、さらに技術は進むことだろう。しかしどんなに科学が発展してもわからないこと、解決できないことは必ず残る。そのことを忘れて人間には何でも出来ると思い上がると、遅かれ早かれ痛い目に遭うことは今回の原発事故で十分にわかったはずだ。The situation is under control.という安部首相の言葉はちょっとならず傲慢な印象を与えてしまい、科学万能いや科学至上主義を思わせるものだ。一国のリーダーたる人は仮に科学的思考のトレーニングを積んでいなかったとしても、もう少し慎重な言葉遣いをするべきだったと思うのだ。