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改憲どうでしょう?

 すっきりとしない天気が続きます。暑くないのは助かるのですが、そろそろカラッと晴れた夏の日が恋しくなってきました。
 先日息子が二十歳の誕生日を迎えました。元気に成人してくれたことに感謝する一方で、今後彼が生きていく日本の将来を多少憂いています。今回はちょっと硬くて長いエッセイになってしまいました。

 立小便を咎められ、「じゃあ座ってすればいいんだろう」と開き直りというか破れかぶれの言い訳をしている酔っ払いがいる。「立小便禁止」の張り紙を見れば普通は素直に受け止めて、立たずに座って用を足せば許されるとは思わない。しかし人間にはとかく物事を自分に都合よく解釈する癖がある。別な例を引こう。町内会のごみ集積所には「ごみは指定された日の朝8時30分までに出してください」とある。これを素直に読み取れば当日の朝、8時半までにごみを出すように求められているのだと理解するはずだが、中にはこの文言を読んで、前日でもその前でも、とにかく指定日当日の朝8時半までであればいつごみを出しても良いのだと解釈する人が居る。実際にそんな風だから、最近では「ごみは指定された日の早朝から8時30分までに出してください」に変えられている。しかしこれでも「早朝」の解釈に違いがあり、ある人にとってはそれが5時頃であっても、別な人は3時あるいは2時でも早朝と捉えるかもしれない。仮に「駐車禁止。ただし緊急時はこの限りでない」とあった場合、恐らくひっきりなしに車両が駐車することだろう。「緊急時」が具体的に定義されていないから、救急車などの緊急車両はもちろんのこと、ちょっと仮眠を取りたいドライバーが運転する車まで幅広く駐車する事態に陥るはずだ。
 さてこの長い前置きを踏まえたうえで次の条文を読んでみる。日本国憲法第二章、戦争の放棄、第九条:「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」極めて明確な文章だ。これを素直に解釈すれば日本には戦車も戦闘機も機関銃も存在してはならないはずなのだが、現在日本には自衛隊という特殊なシステムが存在する。自衛隊は大規模災害の際に人命救助に当たる団体として、あるいは国際紛争対策ではなくあくまでも専守防衛のために存在する自警団的なもので、軍隊や戦力には当たらないとする、かなり無理のある解釈がなされてきた。これほど明確な文章でもこのように解釈される余地があることを踏まえた上で別の条文を見てみよう。自民党憲法草案第二章、安全保障、平和主義:「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。」さらに国防軍:「わが国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。(第二項略)国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことが出来る。(第四項略)国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に裁判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。」
 どうだろうか。実に様々な解釈が可能になりそうな文言が並んでいる。まず「自衛権の発動」を考えてみる。自衛権に所謂「集団的自衛権」まで含まれるとすれば、日本が直接攻撃を受けた場合のみならず、同盟国が攻撃を受けた際にも国防軍が海外に派遣されることが可能となる。「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」とは、現在組織されている多国籍軍による活動を指しているものと思われ、つまりイラクやアフガニスタンで今まで行われてきた大儀なき戦争に日本も派兵するということだ。更に大きな問題はこの文言の内容を現実に即して解釈すると、「国際社会」ではなく「アメリカ」であることだと思う。つまり実際は「アメリカの平和と安全を確保するためにアメリカと強調して行われる活動」に日本が参加せざるを得ないことを意味する。アフガニスタンでアメリカは2200人以上、イギリスは400人以上、カナダも150人以上の死者を出している。日本が国防軍を派遣すれば間違いなく日本人兵にも死者が出る、必ず。日本人の死者が出れば国防軍に志願入隊する若者が激減することは明白で、いずれ国防軍を維持するためには徴兵制度が検討されることになる。必ずそうなる。
 大げさな見方だとあきれられるかもしれない。改憲に楽観的な立場の人たちからは、改憲といってもそれほど非常識なことはしないだろうとか、戦争をするような国にはならないよとの声が聞こえてくる。しかし最初に述べたごとく人は、特に政治家さん達はいつでも、どこでもとても都合よく物事を解釈するものである。自民党草案のように改憲がなされると、将来もっと極端なナショナリストの集団が政権を担った際、日本の再軍備、軍拡に有利な解釈がいくらでも際限なく可能となり、日本は再び強大な軍事国家に向けて舵を切ることになりかねない。憲法はあくまでも硬く、解釈の幅、余地が狭い条文で構成されるべきだと思う。
 改憲に頭ごなしに反対しているわけではない。しかしながらこの問題は、先の参院選で自民党が圧勝して一党独裁政治のようになってしまった現在の状況にあって、「改憲いつやるの?今でしょ。」みたいな軽いノリで進めるべきものではないと思う。まずは96条を先行改正して、その後数の力でやりたい放題などという姑息なことも止めてほしい。そもそも改憲派においては、現行の憲法ではどうしても不都合で、今すぐにでも改憲せぬと国民に甚大な人権侵害が及ぶというような明確な改憲理由に関しての説明が全くなされていない。占領下においてアメリカに押し付けられた憲法だからだめだというのは理由にならない。たとえ押し付けられた憲法だとしても、実際にその憲法の下でわが国は戦後68年間どこの国とも戦火を交えず、自国民、他国民の別無くただの一人といえども殺めていないという現実は高く評価されなければならない。安部総理は現行憲法下で矛盾した存在である自衛隊をすっきりとしたものに変えたいと言った。自衛隊はれっきとした軍隊であり、現行憲法下では矛盾した存在だと僕も思う。ただし自衛隊は他国の軍隊と大きく異なり、最先端兵器による武装集団でありながらも、戦争の放棄を謳った類まれなる平和憲法の下で軍事行動が決して許されない特殊な軍隊なのだと理解すればよいだけのことではないか。存在はするが使えない、だから実質上日本には軍隊が無い。何とも曖昧な結論だが、問題がすっきりしないまま残されることは安部総理が考えるほど悪いことではないと僕は思う。