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ハーフマラソン体験記-走ることの効用について-

 5月12日に行われた第23回仙台国際ハーフマラソンに参加しました。私にとって初の大会出場でしたので緊張もありましたが、楽しく完走することができました。今回はこの経験を元に考えたことを書いてみます。
 当日朝早くには晴れていて気温上昇が予想されたのですが、午前9時頃になると曇りがちとなり、むしろ気温が低下して13度程度。じっとしていると体が冷えてしまいますので、スタートまでの1時間余りをゆっくりとジョギングしながらウォーミングアップ。会場には下は小学生から上は白髪の男性まで老若男女が多数集い、にぎやかな雰囲気です。それもそのはず、今回の大会エントリー者は合計で一万一千人とのこと。昨今のマラソンブームを反映しているのでしょうが、それだけではなく、大震災後今一つ元気を取り戻せない東北の人たちが何とか気持ちを奮い立たせようとの想いがあるようにも感じました。
 スタート位置は今までの成績の自己申告に基づいて決められます。私は初参加でしたので最後尾のFグループスタート。スタート前に参加者全員で先の大震災によって犠牲になられた多数の方々に向けて一分間の黙祷を捧げましたが、直前までのざわつきがピタッと無くなり、一瞬そこに一万人を超える人たちが集まっているとは思えないほどの静寂が訪れました。生き残った我々には、残された人生を健康に、そして有意義に過ごす義務がある、そんな想いを新たにした瞬間でした。奥山仙台市長の号砲でいよいよスタート。とはいっても最後尾スタートですからスタートラインに到達するまでに数分を要します。最初の2キロほどまでは多数のランナーが団子状態でゆっくりと走っていきます。自分のペースで走れるようになったのは5キロ地点辺りからでしたでしょうか。私は大体1kmを6分で走るのがベストなのですが、気が付けば周囲に引っ張られる形になり、終始1km5分40秒台で走る結果となりました。完全なオーバーペースですが、一人で走るのと違ってたくさんの仲間が一緒だと、不思議にあまり疲れを感じずに淡々と走ることが出来ました。加えて沿道からは見ず知らずの方々が大声で声援を送ってくださり、これが本当に元気を与えてくれました。そうそうQちゃんこと高橋尚子さんがコース上に現れて、ハイタッチを交わしたことも忘れられない思い出になりました。後半15km辺りから結構辛くなってくるのが常ですが、ここでもやはり沿道からの声援が背中を押してくれました。結局終わってみれば2時間2分17秒の自己最高記録でゴールすることができました。もちろん疲れましたが、達成感と充実感は言い表しようのないものがありました。
 今から数年前に極度の運動不足と不摂生から体重が一挙に増加しました。丁度クリニックが尋常でなく忙しくなり始めた頃でストレスがかなりあり、お酒の量がみるみるうちに増えていきました。車による通勤に加えて、朝から晩まで診察室で腰かけて過ごす状態でしたから、一日の歩行数が二千歩に届かない日々がほとんどでした。ある日患者さんから「先生太ったな」と言われ、日ごろ患者さんにやれ食べるな、運動しろと言っている自分が太っていたら説得力が全く無いなと愕然としたのです。
 何とかしなければと思っていた矢先、我が家に犬がやってくることになりました。知り合いの家で生まれたラブラドール・レトリーバーの仔犬を里子にもらう話が出たのです。当初私は消極的でしたが、娘がどうしても飼いたい、面倒は自分が看るからというお定まりの約束に負けた形になりました。案の定娘が犬の面倒を看ることはほとんどなく、程なく犬の散歩は私の役目となりました。犬の成長に合わせて徐々に散歩の量を増やし、後から加わったもう一匹、ジャックラッセルテリアを伴って毎朝よほどの悪天候でない限り1時間は歩くようになりました。この毎朝の散歩が功を奏し、2年間で2キロ体重が減少しました。その頃久しぶりに再会した大学の同級生がフルマラソンを走っていることを知り、そのスリムな若々しい体形に驚き、昔から大嫌いだったランニングに興味を持ったのが走り始めたきっかけです。1時間のウォーキングが無理なく出来るのであれば、自分も少しは走れるのではないかと、今から思えばずいぶんと甘い考えで練習をスタートしました。実際に走ってみると、これがとにかく辛い。息切れはひどいし膝、足首、股関節は悲鳴を上げる。最初は10分と走れずに歩いてしまう体たらくでした。練習の翌日は全身の筋肉痛で歩くのも辛い状態で、この頃1kmを走るのに8分はかかっていました。今は1kmを5分台で走れるようになりましたので、ずいぶんと進歩したものです。もう止めようかと思ったことは当然何度もあるのですが、走り終わった後のビールがうまいのと、気分が爽快になって多少の悩みは雲散霧消してしまうことが嬉しくて、週に二日の休診日を利用して今まで走り続けてきました。
 走ることにはいくつかの効用があると思っています。マラソンは自分との競争です。苦しかったり足が痛かったり、途中で止める理由はいくつでも挙げることが出来ます。止めればもちろん苦痛から解放され、楽になります。だからいつ止めてもいいし、止めても誰からも非難はされません。でも止めない。それは私の場合、自分で決めた距離あるいは時間を走り切ることが出来れば、少なくても今までの自分を超えることが出来る、昨日の自分より少しは進歩したと思えるからなのです。人間は生きている限り、少しずつでも進歩するように日々努力する存在でありたい。先の大震災で、もっと生きたくても叶わなかった人たちがたくさんいることを思うと、とても強くそう感じるのです。加えて走り続けていると辛抱強くなります。ランナーズハイと言われ、長時間走っていると不思議に肉体的な辛さは軽減されてくるものですが、精神的に飽きてきます。同じ動作を延々と繰り返すわけですから飽きるのも当然です。これに耐えて続けていると、明らかに我慢強くなります。クリニックがどんなに忙しくてもイライラせず、淡々と診療を継続できているのも、走ることで身に付けた忍耐力の賜物なのかもしれません。そしてもう一つ、もしかするとこれが走ることの最も良い効用かもしれません。それは思考が前向きになることです。走っている最中に私はこれが終わればうまいビールが飲める、ご飯もおいしいだろうなあなどと想像しています。悩んでいたことも、まあ何とかなるだろうと思えるようになります。そして走り終わった後、実際本当にその通りうまいビールが飲めて、問題も解決できたりするのです。このように自分が思ったり願ったりする通りに物事が実現する小さな成功体験を積み重ねて行くと、物事の考え方自体がポジティブになります。将来はこうありたいと明確にイメージが掴めるようになり、知らず知らずのうちにその目標実現のために日々努力するようになるのです。そうすると夢が実現する確率がかなり上がるように思えるから不思議です。
 私は別にランニングをみなさんに勧めるつもりはありません。伝えたいことを繰り返しますが、人間は生きている限り進歩を希求する存在でありたいということなのです。進歩を実感できる手段として、私にはランニングが合っていた、ただそれだけのことです。書道でも絵画でも、囲碁将棋でも、あるいはボランティアでも何でも構わない、何かがみなさんにも見つかるといいですね。