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取り戻せないもの、取り戻さなくてもよいもの

 桜が満開を迎えています。桜にばかり目が行きがちですが、ちょっと注意して探すと木々や草が今を盛りに咲き誇っています。本当に良い季節になりました。大震災で心に深い傷を負った方々にも、いつかは春が来るといいですね。

 通勤途中目にするポスターに、「強い日本を取り戻す」というスローガンが掲げられています。それを毎日横目で見ながら考えたことを書いてみました。

 肌の老化防止を研究している某化粧品会社が皮膚の細胞の糖化を抑制する物質を見出し、将来アンチエイジング商品として売り出すことを検討中だとか。きっと爆発的に売れるのだろうなあと思いながら、ふと考えたことを今回は書く。
 糖化とはたんぱく質や脂質にブドウ糖や果糖が酵素の触媒(手助け)を必要とせずに結合する反応のことで、専門的にはメイラード反応と呼ばれる。たんぱく質は我々生物の体の中にあって種々重要な働きをしているのだが、このたんぱく質が糖化を受けるとその機能に障害が及び、生命活動に変調を来たす。実はこの糖化によるたんぱく質の変性が糖尿病性合併症の大きな成因となっており、糖尿病患者さんが毎月採血して調べるグリコヘモグロビン(HbA1c)も糖化した血色素の割合を見ている。もっと身近な例を挙げると、秋の名物であるもみじや楓の紅葉、あるいはキャラメルの色などは全て糖化のなせる業である。
 現在の糖尿病治療が目指すところは如何にして血糖値を正常化するかにあり、そのコンセプトの下、数々の血糖降下薬が開発、使用されてきた。しかしながらそれらの薬をもってしても糖尿病患者さんの血糖値を完璧に正常化することは至難の業であり、次々と新薬が登場している現在にあってさえ、これで十分だとは言い難いのが現状である。しかし実は糖尿病治療において最も大切なことは、血糖値を下げることよりもその合併症を防ぐことだから、もしたんぱく質の糖化を十分に抑制することが可能になれば、それは糖尿病患者さんにとって大きな福音である。つまり血糖値が多少高くても、たんぱく質の糖化さえ抑制することが出来れば糖尿病の合併症を防ぐことが出来るかもしれない。従ってこれからの対糖尿病戦略を考える上で、この糖化抑制物質の将来はとても気になるところなのだ。
 この糖化を抑制する物質、化粧品やサプリメントとして売り出されれば、爆発的なヒット商品になることは想像に難くない。幾つになっても若々しい肌を保ちたいと願うのは女性に限らず男性でも同様だろう。しかし生物として生まれた以上、その命はもとより有限で、ゆっくりとした老化はどうにも止めようがないことを強調しておきたい。誰も彼もが先を争ってこの物質を使用し、60歳になってもまるで10代の若者のような肌をしていたらどうだろうか。僕はその姿に強烈な違和感を覚えるのだ。美容整形を繰り返したであろう、異常なまでにしわの無い不自然な若い顔をした人を時々見かけるが、その人が与える一種の気持ち悪さである。人は歳月を経て様々な経験を積み、それが額のしわや白髪に表現される。秋に色づく紅葉がきれいなように、人の老いもまた美しいものなのだ。若い頃のあのはちきれんばかりの素肌は確かに美しい。しかしそれは期間限定だからこその美であり、歳月が流れれば取り戻せない、いや取り戻す必要が無いものなのだと思う。
 生まれて成長し、やがて年老いるのは必ずしも生き物だけではない。国も同様だ。日本という国の誕生を何時と捉えるかには議論があるかもしれないが、ひとまず明治時代を近代日本の誕生とすると、日本は決して裕福ではない子供時代を送った。それでも思春期に当たる昭和初期に体もそれなりに大きくなり、反抗期を迎える。止めればよいのにアメリカ相手に無茶をした結果、完膚なきまでに叩きのめされて大きな犠牲を払ったが、それでも奇跡的に一命を取り留めて成人した。その後日本は思春期のトラウマを抱えつつ、アメリカに対して妙に屈折した感情を持ちながらも、他のアジア諸国に比べれば随分と裕福な青壮年期を過ごしてきた。そして現在日本は中年期を経て初老期にある。やれ白物家電だ、自動車だと消費に明け暮れた若い頃に比べるとずいぶんと落ち着き、今はそれほど欲しいものも無く、出来れば温泉にでも浸かりながらゆっくり過ごしたい気分なのだ。
 最近政権を取り戻した自民党の安部総裁は、強い日本を取り戻すと豪語している。しかしどんなに金融緩和を進めても、この国自体が既に初老期を迎えていい感じに枯れてきている以上、以前のような右肩上がりの経済成長や消費の増大は見込めないように思うのだが如何であろうか。そもそも彼の言う強い日本とはいったい何を意味しているのかが正直僕には良く分からない。領土の問題で中国や韓国と鍔迫り合いすることが強いということなのだろうか。東アジアの平和のためとかもっともらしい言い訳をしても、沖縄を始めとして日本各地に存在するアメリカ軍基地を見れば、諸外国からは日本がいまだにアメリカに占領されている属国としか映らないであろう。絶海に浮かぶ孤島の領有権をかたくなに主張してお隣さんと喧嘩することが強い日本の姿なのだろうか。僕はそう思わない。もし本気で強くありたいのであれば、まずはアメリカと粘り強く交渉し、日本国内から一刻も早くかの国の軍事基地を撤収させるべきではないか。その上で日本、韓国、中国、東南アジア諸国が緊密に連携してEUならぬ、アジアンユニティーを形成する。その枠組みの中で北朝鮮問題の解決を模索し、アメリカにはアジアから出て行っていただく。アジアの問題はアジア諸国で解決する。脱亜入欧ならぬ脱米入亜だ。そのリーダーシップを取ることこそが本当に強い日本の条件のように思う。
 話がずいぶんと脱線してしまった。糖化を抑える物質のことを考えているのであった。結論を急ごう。いつまでも若々しくありたいという気持ちはよくわかるが、この先どんな薬が開発されても人は必ずいつかは老いて死を迎える。それが生物としての定めである。定めならば従うしかない。そして従うのであれば、ぶつぶつ文句を言わず、無謀な抵抗をせず素直に従いたいものである。お肌の老化を防ぐ糖化予防クリームを使うなとは言わない。だけど年齢不相応、不自然に若い肌をした老人達があふれる世界が僕にはあまり居心地の良いものには思えないのだ。年相応にしわが刻まれ、ロマンスグレーとなった自分のほうが二十歳の頃よりもずっとかっこ良いと僕は信じて疑わない。まあ女房は若くてきれいなほうが良いのかもしれないけどね。