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何でも医あるいはマンション管理人

 早くも今日から二月です。一月は行ってしまう、二月は逃げて行ってしまう、三月は去って行ってしまうなんてどこかで聞いたことがあります。
 インフルエンザが大流行しています。今年のA型インフルエンザは、あまり高熱にならないケースが多々あり、熱が無いからと安心してもいられません。特徴ある症状はやはり全身、節々の痛みでしょうか。おかしいなと思ったらすぐに受診して検査を受けるようにしましょう。予防策としての手洗い、うがいとマスク着用はもう常識ですね。

 最近書き下ろした未発表原稿です。

 ある病院で一緒に休日診療を担当していた医師が、めまいを訴える患者さんからの電話診察依頼をきっぱりと断る姿に接して驚いたことがある。断る理由として、彼の専門領域が循環器であることと、めまいを専門に診る神経内科医、脳神経外科医あるいは耳鼻科医がその病院に居ないことを挙げていたのだが、何か釈然としないものが残った。今回はその理由について少し考えてみた。
 確かに原因として最多である耳性めまいの可能性が最も高く、耳鼻科医の常駐する所を受診するのが最善策であろうし、あるいは脳血管疾患であれば神経内科医ないしは脳神経外科医の出番である。だから彼の判断は極めて合理的であり、非難される理由はどこにも無い。しかしながら、何ともいえぬ寂しさというか違和感を覚えてしまうのは何故なのか。めまいの原因に徐脈性不整脈などは考えなくても良いのかしらとか、心原性ショックの可能性だってあるのではなどと心の中で少し意地悪に問うてみたが、まあ要するに循環器専門医に徹したい彼と、何でも医でありたい、あるいは何でも医しか出来ない自分との違いかなと納得したのだった。循環器専門医である彼の本領は心筋梗塞などの急性疾患の時に余すことなく発揮され、それ以外の疾患は他の誰かが診れば良いということなのかもしれない。あるいはその違和感は、緊急心臓血管カテーテルに代表される華々しい活躍の場を持たない僕のような一般内科医の嫉妬なのかもしれない。やっぱり人間だから、ドラマのようにかっこ良く医者を演じてみたいのも偽らざるところ。
 医学の世界はどんどん専門細分化が進み、内科分野を例に挙げると、消化器、循環器、呼吸器、脳神経、感染症、内分泌代謝、血液、リウマチ膠原病その他諸々に分かれて、それぞれの領域に学会があり、独自に専門医の認定を行っている。そのような状況だから、現在の総合病院には消化器科、呼吸器科など細かく枝分かれした内科系診療科が設けられている場合が多い。それはそれでもちろんメリットはたくさんあるのだが、胃潰瘍で入院しても、糖尿病は専門外ですので悪しからずという話は枚挙に暇が無い。昔、特に地方の病院には内科が単独で置かれていることの方が圧倒的に多かった。その時代の内科医は風邪から胃潰瘍、肺炎まで何でも無難に診療したものだが、今では専門分化が進んだせいで、自分の専門分野以外は内科疾患であったとしても診療しないことが当たり前になってしまった。医学が進歩し各領域での新知見が増え、ただでさえ忙しい日常診療の中にあって、それらを理解習得することが大変であることは否めない。最新の知識にキャッチアップしていくためには自分の専門領域に特化して勉強し、診療するしかないとする意見には説得力もある。しかしながら独立して小さな診療所を開いてみると、患者さんのニーズは多岐に渡っており、最も求められることは狭く深い専門知識ではなく、それらニーズ全てに対して広く浅く対応する能力であることに程なく気がつく。地域に貢献する医療を目指したいのであれば、どんな訴えに対してもとりあえずは診察をして、対応していかねばならない。その有り様はマンションの管理人に似ているかもしれない。管理人は普段の清掃から住民のクレーム処理、簡単な修繕まで一人で何役もこなす。一人だからそのすべてを処理することは到底出来ない。とりあえずは目に付いたごみを拾い、汚れを拭き取り、その最中で見つけた破損部位を応急修理したりする。当然のことながら全てを完璧には出来ない。しかしその管理人が居てくれるから、マンションはとりあえず安泰なのである。そのことに理解感謝を示さず、自らは懐手をしながら掃除はもっと丁寧に、完璧にやるべきだと言われても当の管理人は困惑する以外にない。
 自分の専門領域に矜持を持って診療することはもとより大切なことである。しかしながら医療の原点は具合の悪い人を前にした際に、自分の専門でなくても、とりあえずは手当することにある。現代は訴訟社会でもあり、自分の専門分野以外は診ないとする態度は安全に思えなくも無いが、それで押し捲ると、結局は困っている患者さんの大多数を診ないことに繋がり、それは昔必死に医師を目指していた自分の原点と大きく乖離しているように思うのである。専門医である前に、とりあえずは何でも相談できるお医者さんでありたいと僕は思う。