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明るい家庭生活

 今年1年お世話になりました。しばしの間休憩させて頂き、新年から気持ちを新たに皆さまの健康をサポートしていく所存です。
 2006年の仙台市医師会報に寄せたエッセイ、「明るい家庭生活」です。笑い納めにどうぞ。

 僕は昔から勘違いが多い子供だった。もともとせっかちで、物事に対してじっくりと取り組むことが苦手な方だったから、本も斜め読みが当たり前で、その結果どうしても知識が不正確になりがちだった。その上空想癖のある少年は、知らない言葉に出会うと勝手に解釈をして覚えこんでしまうことが多く、その結果たくさん勘違い、思い違いをしてきた。
 日本国家「君が代」の「さざれ石の巌となりて」のフレーズは、中学生のころまで「さざれ石」という岩があって、それがぶつかり合う音、それが「岩音」なんだろうなあと信じて疑わなかった。中学生の時、「精子」さんの名を思わず「せいし」と呼んで嫌われた。高校の英語の授業ではwidowの訳、つまり寡婦だが、これを娼婦と読んでクラス中の爆笑を買った。体育会で全体競技、いわゆるマスゲームを行うのだが、僕はこれを「罰ゲーム」と思い込んでいて、いったいどうして罰ゲームなのだろうと不思議に思いながらも、きっと勉学の成績が芳しくないからなのだろうなあなどと思っていた。乾電池の仕組みを化学の授業で習った時にも、自分が信じていた「缶」電池ではないことに愕然とした。これぞ本当の「缶」違い。万事このような調子だから、他人と会話している時には気を遣う。相手が腑に落ちない顔を見せたら要注意、たいがい僕の勘違いが原因だ。昔は自分の間違いを認めるのが恥ずかしくて何とかごまかそうとしたものだが、このごろは開き直ってしまい、今までの勘違いを披露して笑いを取れるまでになった。ひとたび笑い合えると、それまでの緊張が打ち解けて、その後の会話がスムーズに進む。勘違いも捨てたものじゃあない。
 笑いは大切だと思う。元来日本人にはユーモアのセンスが欠落しており、国会中継などを見ていても、ウィットに富んだ質疑などにはめったにお目にかからない。その点欧米の議会では、シビアな議論や証人喚問の場ですら必ずジョークが取り交ぜられている。先日テレビで見たブッシュ大統領は、自らのそっくりさん相手に掛け合い漫才を披露して、記者たちを爆笑させていた。国民性の違いと言えばそれまでかもしれないが、日本人ももう少しユーモアを学んだ方が良いように思う。特に講演を数多くする立場にある人は、話の内容を十分に吟味すると同時に、いかにして聴衆を笑わせるかに心を砕くべきだと思う。医師会主催の講演会、ものすごくたくさんあるけれど、毎回睡魔との闘いなのは僕だけかしら。講師の先生方には伝えたいことが山ほどあって、限られた時間にそれらすべてを詰め込もうとするものだから、たいがい早口になる。最初こそ聞き手は頑張れても、やがて消化不良をおこして疲れてしまう。こんな時、駄洒落でもなんでもよいから笑いが入ると眠気が消えて、また聴くことに集中できるものだ。若輩者ながら、僕も糖尿病教室をいろいろな所で担当してきた。この10年で、居眠りをする患者さんはずいぶんと減ったのだが、それは僕が一回の教室で伝える内容を片手に余るまでに絞ったことと、何とか数分に一度は笑いを取ろうと努力してきたためではないかとうぬぼれている。漫才を見て笑うと血糖値も下がるし、ナチュラルキラー細胞活性も高まるそうだから、糖尿病教室で難しい話を聞かせるよりは、少しでも患者さんを笑わせた方が良いのだ。笑う門には本当に福が来るのである。
 「笑い療法士」をご存じだろうか。医師や看護師のみならず、建築士やインテリアデザイナーが参加している「癒しの環境研究会」が認定する民間資格で、昨年秋に第一期生が誕生した。ホームページによれば「笑い療法士」とは、「笑いで患者の自己治癒力を高めることをサポートし、また発病予防をする人」であり、実地に患者さんに対して笑いを提供する役目を果たす人とある。確かに従来の病院には独特の重苦しさがあり、待合室では皆が緊張して順番を待っている。そんな状況にあっては血圧も上がるし、気分も晴れないだろう。具合が悪い人はよりいっそう悪くなり、元気な人までなんとなく落ち込んでしまうのが今までの病院だった。この状況を打破するために笑いの導入は必須だし、その効果は大きいだろう。もちろんお笑い芸人を呼べというつもりはさらさら無いが、待ち時間や診察の時に緊張をほぐすウィットに富んだ会話をさらりとこなせるボランティアを配置することは、これからの病院にとって是非取り組むべきサービスなのかもしれない。というわけで僕のクリニックでも目下のところ、患者さんを1回は笑わせようと看護師たちが頑張っている。年増の看護師ばかり雇うと同僚から不思議がられるが、ひねくれ者が多い糖尿病患者さんの一枚上手を取ることにかけては、彼女たちの右に出る者はいないと感心している。今日も隣の処置室から笑い声が聞こえてくる。きっと血糖値も下がると期待している僕なのだ。
 最後にとっておきの勘違いをご披露しよう。ずっと昔東京で寮生活を送っていたある女性、先輩に頼まれて乾電池を買いに出かけた。弘前出身の田舎娘、「明るい、、、」と書かれた自動販売機で首尾よく購入できたものの、やけに軽い。まあ最新の乾電池はこんなものだろうと思って先輩に差し出したところ、大笑いされたとか。「明るい、、、」で電池を連想するまでは良かったが、まだオクテだった彼女には「明るい家族計画」のために用いる物が自動販売機で売られていることは知る由もなかった。その女性にはまだまだ面白いエピソードがたくさんあるのだが、またいつかの機会にご紹介したい。ちなみに僕は彼女と今「明るい家庭生活」を送っている。