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まあそう怒らずに

 数年前の仙台医師会誌に寄せたエッセイです。

 僕は一人っ子で生まれ育ったが故、兄弟喧嘩のような争い事を殆どと言って良いほど経験せずに大人になった。そのために今でも争いの場面がとても苦手である。左右に分かれて丁々発止とやり合う論争などに居合わせるとドギマギとしてしまい、落着きを失う。そんな時つい「まあそう怒らずに」と口に出してその場の緊張を解そうとしてしまうのだが、急進派からは軟弱者と非難され、穏健派からは仲間になるよう勧誘されてしまう。良く言えば穏やかに、悪く言えば世間知らずのお坊ちゃまに育ったということなのかもしれない。そのことが幸福だったのか不幸なことだったのかは、丁度人生の折り返し点に居る今は未だわからない。ただこの四十数年の人生で実践してきた、「まあそう怒らずに精神」とでも呼ぶべき考え方は、結構僕の仕事に役立っていると思っている。
「まあそう怒らずに」は僕の口癖である。クリニックは女性の職場であるが故、スタッフ間に大小様々な問題が日々生じるものだが、その都度イライラを見せる妻に良く言う言葉でもある。竹を割ったような性格で、曖昧な態度が大嫌いな妻からは、「あなたのように何でもかんでもまあまあ、なあなあで済ませていては、いずれクリニックはダメになるわよ」と手厳しい批判を常々受けるのだが、僕はこの「まあまあ」が組織の円滑な運営にとって不可欠だと信じている。
 物事を議論する時に正論だけを主張することは容易い。正論は文字通り正しいのであるが、問題を解決するための実用性に乏しい。「飲んだら乗るな」はまさに正論であるが、この標語を街中に貼って回っても飲酒運転は無くならないであろう。飲んでも乗る人が居るという現実を前提に話を進めないと、飲酒運転を減らす実効的な対策手段を探ることは出来ない。同様に血圧が高くても塩辛い食べ物を控えようとしない人が実際に居て、糖尿病があっても二次会三次会、果ては締めのラーメンまで行く人が居るということを認めた上で臨まないと、慢性疾患診療は壁に当たる。白か黒かハッキリして欲しい気持ちもわからない訳ではないが、慢性疾患、ことに糖尿病診療においては、患者さんに対して「吸うの止めますか、それとも人間止めますか」的な二元論で押し捲るのは賢い診療態度ではないように思う。
 血圧にせよコレステロールにせよ、あるいは血糖値でもよいのだが、最近は所謂大規模臨床試験の結果がどうだったと、とても賑やかである。ガイドラインがあるからと患者さんへ達成目標値を明示し、叱咤激励される先生方も多いのではと思う。ここでも僕は「まあそう怒らずに」と言いたい。血圧が多少高くても、血糖値が目標値から外れていても、とりあえず元気であればひとまず良いではないか。そんな悠長なことを言っていて、合併症を起こしたらどうするのだとのお叱りを受けることは十分承知しているのだが、「まあそう怒らずに」。血圧や血糖値が低い方が安全であると、そのためには減塩を、運動を、腹八分目になどとする医学的正論を患者さんに言い続けたとして、果してどのくらいの患者さんが行動を変容させるであろうか。そんなことは誰でも分かっている。分かっちゃいるけど止められない、変えられないのが人間というものではないか。医学的正論を言い続けるのは統計数字だけを見て、実際に患者を診ない、言わば「医学原理主義者」であって、臨床医ではないと思う。臨床医というのは、たとえ自分のアドバイスがなかなか受け容れられず、病気がさっぱり良くならなかったとしても、あくまでも患者の身を案ずる存在であるべきだと思う。そのために臨床医には「まあまあ」、「ほどほど」、「いいかげん」といった人間臭さが必要なのではないか。この肩肘張らない力の抜けた態度がないと、言うことを聞いてくれない多数の患者さんを相手にしているうちに徐々に消耗し、やがて患者さんに対して陰性感情を抱くようになりかねない。例を挙げよう。降圧の重要性を数々のエビデンスから説く医学原理主義者が抱きやすい陰性感情は、自分の説に耳を貸さない患者さんが脳梗塞を起こすことを無意識に期待してしまうことであり、同様に血糖管理の重要性を説く彼が抱くそれは、言うことを聞かぬ患者さんが失明することへの期待であったりする。何故か。それは、糖尿病や高血圧による合併症の危険性とそれに対する備えの急であることを熱心に訴える医学原理主義者の学説が正しいと証明されるためには、言うことを聞かない患者さんの身に実際に合併症が発症することほど確実なものが無いからである。自説の正しさを証明したいが故に、無意識にせよ患者の不幸、つまり合併症発症を願わざるを得ないとしたら、とても哀しいことではないだろうか。
 日々の診療で、言うことを聞いてくれない糖尿病患者さんは数多い。正直イライラすることも少なからずある。そんな時、「まあそう怒らずに」と呪文のように自分に言い聞かせることにしている。検査数値がどんなに悪くても、とにかく定期的に通ってくれさえすれば、少なくとも合併症を早期に見つけることが出来るはずである。「良くなっているのかどうかさっぱり分からないけれど、あの先生は怒らないし、難しいことは言わないから、とりあえず通っておこうかな」と患者に思わせるのが名医ではないかと思うのだが、妻には「あなたの場合は迷医よね」と言われてしまう。むかっと来るが、まあそう怒らずにいようと思う。