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職住接近の功罪

 この冬の仙台は例年に比べると雪が多かった。雪が降った朝は通勤路の渋滞が激しく、自宅から職場に着くまで1時間半以上を要することも珍しくない。イライラすることはもちろんなのだが、通勤に要する時間は必ずしも無駄ばかりとは言えないのではないかと最近おもうようになった。そのあたりのことを今回は書いてみたい。
 独立開業する前に勤めていた東北厚生年金病院(現東北医科薬科大学病院)では、病院敷地内にあった職員宿舎の4階に家族4人で7年間暮らした。通勤時間は数分で、朝もゆっくり起きることが出来て良かったのだが、部屋には病院の内線電話が引かれていて、有事には夜中でもすぐに電話が鳴って呼び出されるのが常であった。まだ30歳代であったから気力体力もあり、何よりも医師の使命感に満ち満ちていた時期だから、頻繁にかかってくる電話もそれほど苦には感じなかった。それでも完全にオフという期間が殆どなく、絶え間のない緊張が続く日常の疲れは、あたかも水槽の底へ徐々に積もる澱の如く、ゆっくりとだが着実にぼくの心身安定を蝕んでいった。盆暮れの休暇中に短い旅行に出かけた時など、内線電話とポケットベルから完全開放されることの幸せをしみじみと味わい、職住接近は若いころは良くても、これから年を取ると辛いのだろうなあと漠然とおもうようになった。
 今の場所にクリニックを建てる計画を練っていた初期、実は自宅を併設するというプランも持っていた。昔の開業医は、診療所の二階や隣に住んでいることが多く、地域の住民が夜中に訪ねてきても診療に応じるのが普通だった。ぼくの祖父もそうだったと聞いていたので、漠然と、ぼくもそうすべきだと当初かんがえていた。しかしながら、関係する各方面の人たちと相談を重ねるうちに、ほぼすべての人からやんわりとそれは止めるよう諭されるに至り、自宅を併設するプランは廃案となった。自宅を併設した結果、24時間四六時中玄関のチャイムが鳴り、本人だけでなく家族が疲弊して、結局は数年後に転居した例など数多あるのだという。なるほど、それでは病院の内線電話と変わらず、長期戦となれば必ずや心身を病むことになるとおもった。
 今ぼくは子供の時に両親と暮らした家の斜め向かいに自宅を建てて住んでいる。クリニックまでは10キロほど離れていて、朝の通勤ラッシュ時間帯には、どんな抜け道を選んでも1時間弱は要する。雨や雪の日には更に時間を要することは冒頭に書いたとおりである。当初往復2時間あまりの時間を何か有効利用するべきだと考えて、暫くの間英語を聴いたり、落語を聴いたりしたものだが、結局今はラジオを聴き流しつつ日々の社会情勢などの情報収集をする他は専らエッセイの種などについて思索する時間に充てている。朝自宅を出て車を運転しつつ、徐々に仕事モードに頭を切り替えていく。クリニックに着いて、着替えをし、白衣に袖を通した瞬間から戦闘モードに入る。毎日50人から多いときで70人以上を診察して夕方には疲労困憊だが、お気に入りの車を走らせて流れ去る街灯を見ながら徐々にクールダウンすれば、自宅に着くころには精神的な疲れはほぼ癒えている。その後軽くジョギングして旨い料理で酒を飲めば、心地よい疲労感でぐっすりと眠れる。やはり仕事と余暇時間とのオン‐オフはしっかりと分けておく方がよいとおもう。
 新型コロナウイルスのパンデミックにより、仕事の在り方に大きな変化がもたらされた。多くの職種でリモートワーク、在宅勤務が導入され、特に大都会では朝夕の混雑する通勤電車から解放されて、喜んでいるビジネスパーソンも多いであろう。でも少し注意が必要とおもう。人は前述したように自宅を出て職場に向かうまでの時間で気持ちを仕事モードに切り替え、また終業後は自宅に向かうまで、時には赤提灯などに寄り道しつつクールダウンして家庭モードに戻ることを繰り返すことで心身のバランスを上手く取っている。昔からよく言われるように、「仕事を家には持ち込まない」ことが心身の健康にとってはとても大切なのだ。昨今自家用車の中に設置するテーブルや種々の小物販売が好調で、あるいはキャンピングカーの売れ行きも伸びていることは、在宅ワークとはいっても、やはり家の中で仕事をするということに対して大なり小なり違和感を覚える人たちが多く、仕事場として家ではなく自家用車を選ぶ人が増えているということの証左だろう。この話、「仕事は必ずしも社内だけではなく、車内でも出来る」というオチなのだが、もちろん車でなくても都会であればビジネスホテルの一室、あるいは田舎なら古民家の離れでも良く、つまりはやはり仕事の場と生活の場は接近していても良いが、完全に一致しているのは良くないよねというお話なのだとおもう。この辺りにきっと新たな商機があるのではなかろうか。これから販売される都会の新規大型マンションにはきっとネット環境が整備された共同利用フロアが用意されるだろうし、過疎と空き家に悩む地方では古民家のリフォームやリノベーションで広い敷地を生かした面白い物件がきっと増えてくるに違いない。たとえば広い庭に元々あった樹齢100年は超える樹の上に仕事場としてのツリーハウスを作りましたとか、古い蔵を仕事場としてリノベートしましたといった具合に。
 新型コロナウイルスパンデミックは厄介だ。厄介だが一旦起こってしまったことはもうどうしようもない。もう、このウイルスとこれから先も末永く付き合うことを前提に我々の生活パターンを徐々に、時に大胆に変えていくしかないのである。習慣を変えることは時に苦痛も伴うが、変化には常に期待感やわくわくするものが伴うこともまたぼくたちはよく知っている。いつか将来、あんな時もあったね、あれから時代が変わったよねと懐かしくおもいだす日がきっとくる。パンデミックがあったゆえの進歩や遺産といったものもきっとあるに違いない。開けない夜はないのである。