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これから医療の世界へ歩みだすきみたちへ

 暦の上ではすでに春ですが、今日の仙台は朝から雪が降り、まだまだ寒い日が続きそうです。
 今週末に医師国家試験が行われます。今回はこれから医療の世界へ踏み出す若者たちへのエールを書いてみました。

 とある休日の昼下がり、犬の散歩中に変わった格好の女性を見かけた。なにやら長い棒を持ち、作業服姿で歩いている。進行方向が同じで、こちらは犬の気分に任せてあっちこっちとフラフラ時間をかけて歩くので、意図せず暫くの間彼女を尾行するようなかたちになった。見るとはなしに見ていると、彼女、一軒ずつ家を訪ねては件の棒を器用に使って水道メーターの蓋を開けて検針しているのであった。いやはや、これは大変な仕事だなとおもう反面、水道使用量が未だに人海戦術で把握されている現実に少々驚いた。人の眼を疑うわけではないが、ある一定の確率でメーターの読み違いは必ず起こるだろうし、気象などに左右されて予定通りに検診できないことも少なくないのではないか。そういえば電気にかんしては、いわゆるスマートメーターというのが少しずつ普及し始め、毎月の検針はなくなりつつあるという記事をどこかで読んだ気がする。恐らくあと数年もすると水道もガスも、このスマートメーターみたいな形になるのではないか。その根拠として、第5世代移動通信システム(通称5G)の普及がある。この5G、通信速度が速い、大容量だとかその特徴について色々と言われるが、その最大の強みはむしろ各種端末の多数同時接続にあるとおもう。全国津々浦々に5Gが広がれば、数多のセンサーが様々な所に設置され、種々のデータ送信を行うようになるのだろう。課題はセンサーへの電力供給だろうが、水道やガスの使用量報告は月一回で、メーターに設置されたセンサーが電波を出すのはごくわずかの時間でよく、恐らく単3電池1個で数年は保てるのではなかろうか。
 でも、そのような将来になれば、きっと彼女は職を失うことになるのだろうなともおもった。移動通信システムのみならず、今後人工知能が更に発達すれば、現在人が担っている仕事のかなりの部分が機械に取って代わられるとの予測は、もはや衆目の一致するところだ。将来無くなる職種として運転手、レジ打ち、銀行の窓口業務などが真っ先に思い浮かぶ。医療だって例外ではない。丁寧な問診(症状、生活習慣などを聴き取ること)だけでも診断はかなり絞り込めるから、問診を決して疎かにしてはならないと内科医はその駆け出しの時に指導医から厳しく教わるのが常だが、人工知能が行う深層学習の結果はきっと驚嘆するものになるだろう。近い将来我々が病院を受診すると、まずタブレットを渡され、そこに現れる種々の質問に答えていくかたちになるとおもう。すべての質問に答え終わると、人工知能がある程度の疾患を絞り込み、次に必要な検査をオーダーする。採血だって、医療ロボットが行う時代はそれほど遠くないであろう。胸部X線写真やCT画像のチェックも当然人工知能が行う。異常陰影の発見は、既に放射線科専門医の眼を人工知能が凌駕している時代だ。診断が下されれば、治療の選択肢も人工知能が即座に提示、使う薬の種類や容量もミスなく完璧に処方するだろう。外科だって例外ではない。今や「ダ・ヴィンチ」という手術ロボットは国内でかなり普及しており、外科医は離れた場所のコンソールテーブルに腰かけてモニターを見ながら手術を行っている。イメージとしては国際宇宙ステーションで宇宙飛行士が船内からマニピュレーター(マジックハンドとおもってもよい)を用いてカプセルの脱着を行うようなものだ。一足飛びに行くかどうかは分からぬが、将来は少なくとも今まで「神の手」と言われ、一種のアートと称賛されていた手術が、依然として高度ではあっても単なる手技になり、あるいは簡単な手術であればロボットが全自動で行う時代が来る。
 いやはや、大変な時代になったものである。これから医師になる若者たちにとってはバラ色の将来が待っているとはとても言えそうにない。でも、と考えなおす。米国の空軍パイロットの多くが今、実際に戦闘機を操縦するのではなくドローンの操縦を任されており、それを嫌って民間航空業者に転職するケースが多いという。結局は自分の手で操縦桿を握り、重力を感じながら飛ぶというリアルな体感、ワクワク感が業務に伴う多少の危険を容易に上回るということなのだとおもう。医療の世界も全く同様で、恐らくロボット手術にどうしても馴染めず、「ダ・ヴィンチ」など導入できない中小の病院へ移り、そこの手術室で相変わらずアートにこだわる外科医が将来もきっと残っているに違いない。さて内科医はどうか。診断から治療計画、処方までみな人工知能がやってしまっても、まだ人間として出来ることがあるようにおもう。それは話し相手になったり、痛むところを触ってみたり、胸の音を聴いたり。要するに「手当て」だ。世の中、何から何まで、あらゆるものが機械化されていっても、生きものとしての人間は厳然として残る。人間は複雑なもので、人工知能が提供する「安全な医療」だけでは決して満足できず、「安心、安らぎ」を求める存在だ。それを提供できるのは、やはり同じ人間としての医師、看護師その他諸々の医療人しかないのではなかろうか。
 ふと我に返れば、件の女性は汗を拭きながら黙々と歩き、知らぬ間にずいぶんと先へ行ってしまっていた。どの位の収入になるのか、月一回の検針だけで生計を立てることは難しいだろうなあなどとおもいながら見送った。仕事というのは、彼女のように額に汗しつつするのが本来の姿だ。効率性だけを追求して機械化を進めていくことは、我々人間から本来の仕事を奪い、その先にある社会は果たして本当に幸せなのだろうかとおもったりするのだった。

参考文献
「5G 大容量・低遅延・多接続のしくみ」 岡嶋 裕史 著 講談社BLUE BACKS
「医療危機-高齢社会とイノベーション」 真野 俊樹 著 中公新書