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アディクション

 仙台では珍しい12月の大雪でした。関越自動車道では36時間に亘って多くの車が立ち往生したとのこと、常日頃車の中に水、非常食、毛布などを常備しておく重要性を認識しました。

 今年最後のエッセイは依存症について書いてみました。


 学生時代によく聴いた洋楽グループにChicagoがあった。ハードロックがただただ乱暴にがなり立てる騒がしいものとしかおもえず、どうしても好きになれなかったぼくにとって、サックス、トランペットやフルートなどのホーン・セクションが奏でる伴奏や間奏が重要な位置を占める新しいジャンルの音楽はとても新鮮だった。ヒットチャートのトップ10入りをした曲は数多くあるのだが、ぼくが中でも好きだったのがHARD HABIT TO BREAKだ。邦題は「忘れえぬ君に」という。彼女が去って行った後、自分が失った存在の大きさに初めて気づき、呆然とする男の心情を切々と歌い上げる失恋ソング。I was acting as if you were lucky to have me. そうそう、「君はぼくに出会えて幸せだよ」って、つい傲慢になっちゃう。でもそんな態度がいつまでも続けば、彼女はやがて去っていく。Being without you is all a big mistake. 失ってみて初めて彼女がどれほど自分にとって大きな存在だったのかに気付く。I am addicted to you. You are hard habit to break. この歌詞に痺れた。アディクションという言葉は、嗜癖(しへき)あるいは依存という意味で、まあ「君にくびったけ」とか「ぞっこん」あるいは「ハマっている」とでも訳すのが適当かなどと当時かんがえていたことを懐かしくおもいだす。hard habit to breakも直訳すれば、なかなか止められない習慣、まあタバコみたいなものだが、まさか「君はぼくにとってタバコみたいな存在だ」なんて言わないよね。「君なしでは生きていけないよ」くらいかな。とにかく当時のぼくは、単に愛している、好きだと言うのではなくて、このようなインパクトのある表現をさらりと出来る大人になりたいなあと夢見ていた。青春だったなあ。

 さて、addictionという言葉は今、にわかに脚光を浴びつつある。新型コロナウイルスの流行でステイホームが叫ばれ、学校も休校が続き、子どもたちは外出もままならずに自宅でインターネットゲームやSNSに没頭するようになった。普段より多少長めにゲームをする程度ならばさほど問題にはならないが、中には一晩中布団の中でスマホと睨めっこし、昼夜が逆転、食事も満足に摂らなくなる子供たちも一定数存在する。ゲームの課金を賄うために親のクレジットカードを隠れて使うのは序の口で、換金目的の万引きや、なかには援助交際に走るケースもある。このような病態をゲーム障害とかインターネット嗜癖(依存症)と呼ぶ。本来「依存」とはアルコールや覚せい剤などの物質(薬物)依存という言葉で使われていたのだが、最近ではゲーム、インターネットに限らず買い物や万引、痴漢や覗きあるいはセックス依存などにもその範囲が広げられている。その背景には、近年急速に発展した大脳生理学や画像検査が、アルコールのような物質依存とゲーム障害において酷似した病理(ごく単純化すれば脳内報酬系の異常)をヒトの脳で明らかにした経緯がある。ゲームも立派に脳の異常(主に生理学的異常)を来すのであり、ゲームがデジタルヘロインなどと呼ばれるようになった所以である。このことは痴漢や万引き常習犯の再犯予防策の構築にも一石を投じた。昔はたとえば痴漢や盗撮を止められない人を犯罪者としてただ単純に厳罰に処すことで再犯を抑止しようと考えていたが、今ではこれらの人の脳に異常があることを踏まえ、あくまでも疾患として対処するべきとの考えが一般化しつつある。何らかの薬物治療の可能性が出てくるということである。
 更に重要で興味深いことは、物質やゲームに依存しやすい体質というか脳の遺伝的素質が果たしてあるのかどうかである。このことにかんしては今後の研究結果を待つ必要があるが、少なくともゲームやSNSもアルコール依存や麻薬、覚せい剤と同じように依存症を起す危険性があることは覚えておいて損はないとおもう。
 日本には競馬、競輪、競艇の三大公営ギャンブルがあり、さらにパチンコ・パチスロは売上額20兆円を超える一大業界である。この上2016年に成立した特定複合観光施設区域整備法(いわゆるIR推進法)の成立でカジノが解禁されると、果たしてどうなってしまうのか。不安は尽きない。

 最近以前にも増してランニングにハマっている。10月、11月と二か月間で400㎞を走った。心拍数を120拍/分前後に抑えるスロージョギングなので、それほど負荷は強くない。小一時間も走っていると気分が爽快になってくる。呼吸も苦しくないし、なんとも気持ちが良い。いわゆるランナーズハイと呼ばれる状態である。この快感を目的に今日も走る。これもまたある意味で立派な依存かなあ。先日55歳の誕生日を迎え、もはや女の子に心ときめく年齢でもなくなってしまったから、せめてランニングにはハマったまま還暦を目指したいとおもう今日この頃である。