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続・厄介な隣人

 ある一定の年齢層(概ね90歳前後)の男性患者は、診察室にて相対して胸部の聴診を行うときに顔を横に向けることが多い。一方でこの人たちは、診察室に入ってくる際にほぼ例外なく「入ります。」と声をかけてくる。これらの所作は、恐らく昔の軍隊で身に付いたものだと推測している。一方で先日パキスタン人の患者を診察した際のことだが、聴診をしようとすると彼は手で口を覆う動作をした。同じようなことはかつてインド人の患者でも観察された。診察時、患者と医師間の距離は極めて近く、お互いに真正面を向いたままだと深呼吸させた時など、呼気をまともに浴びることになる。呼気がかかるほどの距離というのは普通恋人や親子間でしか許容されないもので、日本においては軍医の前に腰かけた際の作法として軍隊で厳しく指導されたものかもしれない。一方、インドやパキスタンにおいては宗教上のタブーでもあるのだろうか。

 昔の日本で猛威を振るった感染症と言えば、結核である。若い人たちがたくさんこの病で斃れた。医師と相対した際に顔を横に向ける所作は、結核などの感染症を医師に伝染させないようにするためのものだったのかもしれない。今となってみれば結核は飛沫核感染(空気感染)することが分かっており、診察時に患者が横を向いた位では感染を予防できないことは明らかだが、当時はこの所作が標準予防策だったに違いない。ある感染症が大流行した後には、その時代の名残とでも言うべきか、遺産として特定の行動が残るのだとおもう。

 今、街を歩くと、ほぼ9割がたの歩行者がマスクを着用している。このことはテレビで流れる海外の映像でも同様に観られ、もともとあまりマスクをしない欧米にも変容が起こっているようだ。今般流行している新型コロナウイルス感染症は、全世界の人々の生活様式に大きな変化をもたらすに違いない。それは仕事の在り方(在宅ワークやテレワークの推進)に限らず、飲食の在り方、映画やコンサート、はては医療にも影響が及ぶだろう。新型コロナウイルス感染症が収束した後にも、恐らく街では一定数の人たちがマスクを着けて歩くようになるだろうし、所謂「三密」を避ける行動は、このパンデミックの遺産として定着するのではないか。何となく、以前同様にたくさんの人々を一か所に集めて行うイベント(音楽、スポーツ、各種芸能等々)はもう開催できないのではないかとおもう。オンライン授業、オンライン飲み会、野球、サッカー、バスケット、ラグビーの無観客試合、そしてオンライン診療。ありとあらゆる分野で、大容量、高速通信を駆使した大規模な革命とも言えるような変容が起こるのではないか。工業や製造業に於いては、原料や材料のサプライチェーンの要に中国企業が絡んでいた結果として、新型コロナウイルス蔓延による生産ラインの長期にわたる停止を余儀なくされたことへの反省から、材料調達の国内回帰がなされるかもしれない。グローバル志向から、緩やかな鎖国への転換。それはそれで、人口が激減してく日本にとって悪いことばかりではないのかもしれない。

 新型コロナウイルスは今しばらくの間、波状攻撃を繰り返すとおもわれる。戦いは長期にわたり、短期間で以前同様の生活に戻ることは不可能だ。加えて、新種のウイルスは今後もきっと現れる。ヒトが増えすぎてしまった地球においては仕方のないことだと理解すること、いや、ウイルスと共存する覚悟が今求められているのだとおもう。