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K先生の想い出

 今日の仙台は朝からほぼ一日冷たい雨が降りました。春は足踏み状態。相変わらずコロナウイルス騒動が続き、街も日曜日なのに閑散としていました。散歩もジョギングもお休みし、エッセイを書きながら過ごしました。


 中学校時代に心底敬愛するK先生がおられた。担当教科は理科で、当時あまり理科が得意ではなかったぼくはK先生に気に入ってもらいたい一心で理科を猛勉強して、苦手を克服、テストでは満点を重ねるまでになった。そのK先生がとある日の授業中にぼそっと独り言のように呟いた、「グリコというのは甘い糖という意味で、あまり良いことではないな。」という言葉がなぜか耳に付いて残っていたのだが、その時K先生はきっと甘いものが嫌いなのだろう程度におもって、その後長い間忘れてしまっていた。
 時はずいぶんと流れて就職後、ある日突然決まった卒業後初めての同窓会の席でK先生の訃報と、K先生がもうずいぶんと長い間持病の糖尿病と闘っておられたことを初めて知った。その時急に件の言葉がよみがえり、その意味するところ、謎が一気に氷解した。ぼくが中学生であった1970年代、糖尿病診療においてとても有意義な糖化ヘモグロビン(HbA1c; グリコヘモグロビンA1c)の検査が大学病院を中心にようやく普及し始めていた。恐らくK先生はこの検査を初めて受けられ、その意味するところを理科の教師ならではの知識で正確に理解し、ご自分の病状が芳しくないことも把握されたのだろうとおもう。現代と異なり、選べる内服薬がほとんどなく、インスリン注射の種類も限られていた時代に糖尿病と闘いながら教師の仕事を続けることはきっと困難の連続であったに違いない。しかし辛そうな表情は微塵にも見せず、いつもカッコよい着こなしで颯爽と教室に現れ、明快な授業を行い、陸上部と音楽鑑賞クラブの顧問を務めた人気のある先生であった。
 そのK先生を敬愛し、憧れたぼくが長じて医師となり、そして糖尿病を専門にするようになったことに何か運命のようなものを感じるのだった。普段なかなか褒めてくれなかったのに、理科のテストで初めて満点を取った時、僕の眼をじっと見つめてニヤッとしたK先生。天国に居られるK先生にもっともっと褒めてもらえるよう、これからも糖尿病診療に邁進していきたい。