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新型コロナウイルスについて

 2019年末に中国で相次ぎ報告された肺炎症例から分離されたウイルスは、既存のものとは異なることが程なく判明し、暫定的に2019-nCoV(2019-novel Coronavirus)と命名されました。日本名だと「新型コロナウイルス」、中国語表記だと「新型冠状病毒」となります。令和2年2月16日現在、中国における死者は遂に1600人を超え、その9割以上がウーハンを始めとした中国湖北省の感染者が占めています。今回はこの新型コロナウイルスにかんする情報のいくつかを紹介、解説します。しかしながら事態は正に今現在進行形であり、情報は刻々と変化します(現に最近WHOから当該ウイルスをSARS-CoV-2;severe acute respiratory syndrome-Coronavirus-2と正式命名し、このウイルスによる疾患名をCOVID-19;coronavirus disease 2019とした旨発表がありました)。従ってここに記す内容が今後も信頼に耐えるものであり続けるかどうか必ずしも保証は出来ません。その点はご容赦頂くこととし、なるべく普遍的な事実のみを書くようこころがけます。

 まず始めに、「ウイルス」とはいったい何でしょうか。多くの方が一度は耳にしたことがあっても、いざ説明せよと言われると困ってしまうのではないでしょうか。簡単に定義を確認しましょう。ウイルスとは感染性を持った構造体、粒子です。その粒子の中心には核酸(DNAやRNAと呼ばれるものですね)があり、それをたんぱく質で出来た殻が覆う構造となっています。それ以外のオルガネラ(細胞内小器官とも呼ばれるミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体や葉緑体など、懐かしいですね)は持っていないので、エネルギー代謝や呼吸などはしていません。つまり「細胞」ではありません。この点が細胞である細菌とは決定的に異なります。のっけから脱線しますが、風邪の多くはウイルス性(今回話題のコロナウイルスの他、ライノウイルス、RSウイルス、アデノウイルスなど)のものであり、抗菌薬(抗生物質)は全く効果がありません。抗菌薬の主な作用は細菌の細胞壁合成を阻害、あるいはタンパク合成を阻害することにあります。従って細胞壁を持たないウイルスには効くはずがないのです。
 ウイルスは自己増殖が出来ず、自己を複製するためには他生物の細胞に寄生する必要があります。自己を複製するためには当然原料やエネルギーが必要なわけですが、ウイルスはそれらを専ら宿主である他生物の細胞に頼る、換言すれば宿主から搾取します。この状態を「偏性細胞内寄生」と呼ぶのですが、まあ厄介な居候とでも言えるでしょうか。因みに「生物」あるいは「生命」とは一体何か?と考えたことがありますか?このテーマで一つの学問が成り立つほど奥深いものですが、ひとまず「生物を特徴付ける現象は自己複製である」と捉えるとすれば、独りで自己複製出来ないウイルスは生物ではないという結論になりそうです。でも実は生物の定義はそれほど単純ではありません。「生物とは何か?」にかんしては、現青山学院大学教授の福岡伸一先生が提唱されている「動的平衡」という考え方がとても素敵ですので、興味のある方は是非福岡先生の豊富な著作を読まれることをお勧めします。ここでは簡単に福岡劇場の正念場とも言える著述をご紹介するに留めます。
「生命現象を特徴づけるものは自己複製だけではなく、むしろ合成と分解を繰り返しつつ一定の恒常性を維持する在り方、つまり動的平衡にあるのではないか。」

 それはさておき、SARS-CoV-2です。このウイルスは核酸として1本のRNAを持ち(RNAウイルスと呼ばれます)、エンベロープと呼ばれる膜状の外套をまとっています。この外套は主に脂質から出来上がっており、このためアルコール消毒が感染予防に有効なのです。脂質はアルコールに溶けますからね。ですからエンベロープを持たないウイルスにはアルコール消毒が効きません。その代表がノロウイルスです。ついでにここでアルコールの話もしておきましょう。消毒用アルコールの濃度は76.9~81.4%が適切で、これより濃度が濃くても薄くても十分な効果が期待できません。工業用の無水アルコールは99%以上の濃度があり、これをそのまま皮膚に付けたりすると強い脱水効果で消毒どころか皮膚障害を起こしますので注意が必要です。また、お酒好きな方は濃いお酒が消毒効果を持つのではと期待されるかもしれませんが、ウイスキーやブランデーではせいぜい50%前後ですから消毒効果は期待できません。ウォッカの類には90%を超える濃度のものもありますが、一般的に入手は難しいでしょう。やはり素直に消毒用アルコールを購入することがお勧めです。
 さて詳細は後述しますが、代表的なRNA1本鎖ウイルスとしては他にエイズウイルス(HIV;human immunodeficiency virus)があって、抗HIV薬が今回の新型肺炎に効果があると期待されているのも、SARS-CoV-2がHIVと同じ仲間に属するからです。
 現時点でこのウイルスの死亡率(CFR;case fatality rate)は2.3%と報告されており、この値は過去2回のコロナウイルス感染症であるSARSのCFRが9.6%、MERSで34.4%であったことを考えると、それほど高くはありません。中国国内で観れば、湖北省以外におけるCFRは1%に満たず、まずは冷静になってよさそうです。一方でウイルスの感染力を示す数字に基本再生産数(R0;アールゼロ、R naught)という考え方があります。1人の感染者が生み出す2次感染者数の平均値、簡単に言うと1人が何人に感染させるかという指標ですが、SARS-CoV-2のR0は1.4~2.5と推定されています。季節性インフルエンザのR0は1.4~4.0、SARSで2.0~5.0、空気感染する麻疹は12~18ですので、この点からもことさらに恐れる必要はないことが判ります。
 感染症の感染様式をきちんと理解しておくことがとても大切です。まず最も重要なこと、それは今回のSARS-CoV-2の主要感染ルートが「飛沫感染」とおもわれることです。飛沫感染というのは感染者が咳やくしゃみをした際に飛び散る微細な飛沫(しぶき)を浴びることで感染するということです。飛沫はおおよそ2メートル程度離れていれば直接浴びることはありません。一方で「飛沫核感染」はいわゆる空気感染と同義で、より細かいウイルスを含んだ微粒子がふわふわと空気中を漂うイメージです。麻疹、水痘、結核などがこの感染様式を取ります。この場合は同じ部屋に居ただけでも感染が成立するほど脅威なのです。ですから麻疹の場合先ほどのR0が極端に高くなるわけです。
 空気感染するのでないならば、なぜダイヤモンドプリンセス号の中で集団感染が起こるのかと疑問におもわれるかもしれません。巨大客船とはいえ、食堂、ダンスホール、映画館などは広大な共用スペースです。船の揺れに備えて船内廊下その他あらゆる所に手すりが設置されています。感染者が咳を手で覆い、その手で手すりやドアノブを触る。あるいは食堂のテーブルが飛沫で汚染される。ダンスパーティーでは手を取り合って踊り、その手でサンドイッチやカナッペを食べる。このように考えると納得できるのではないでしょうか。もう一点クルーズ船の問題点を挙げておきます。それは一般的に乗客の多くが何かしらの持病を持った中高年齢者であるということです。今回のSARS-CoV-2感染における死亡者の多くが糖尿病、慢性心疾患や呼吸器疾患を基礎疾患として有していることが報告されています。退職して悠々自適な生活となった後は豪華客船による世界一周の旅をなどと宣伝は誘いますが、実は持病をもった高齢者にとっての船旅は、結構危険な行動なのです。実際にクルーズ船における集団感染は毎年のように報告されており、2000年にはシドニー発のクルーズ船内でインフルエンザが蔓延し、約1100人の乗客中310人が発症、死者2名を出したケースもあります。

 ここまでウイルスとは何か、SARS-CoV-2の概略や感染様式について説明してきました。後半では感染時の症状、感染予防対策の実際について解説します。その前にちょっと息抜きをしましょう。コロナ(corona)は天文学用語で、光冠あるいは光環のことです。太陽を取り巻くガスの集団で、皆既日食の際に肉眼で観察できるものです。中学校の理科で習いましたよね。ウイルスを電子顕微鏡で観察した際に、このコロナに似た形状が判明したためにコロナウイルスと命名されたのですね。因みに冠を意味する言葉には他にも馴染みのものがあります。カローラ(corolla)は花冠、そしてクラウン(crown)は王冠ですね。トヨタ自動車は冠が好きだったのですね。

 閑話休題。

 さてSARS-CoV-2に感染すると、その多くの場合は軽症に留まると推定されています。症状の主なものは発熱、咳や呼吸困難といった呼吸器症状と倦怠感です。その他に筋肉痛や下痢などの消化器症状も報告されています。要するに「風邪症状」で、残念ながら症状だけから診断は出来ません。一つ注意すべき特徴があるとすれば、通常の風邪よりも症状が長引く可能性があるということくらいでしょう。普通の風邪は5日間、長くても1週間で快方に向かいますが、SARS-CoV-2感染の場合は何となく治りきらずに長引くという印象があるかもしれません。
 それでは今後国内での流行が始まり、自分に症状が出た際にはどうすれば良いのでしょうか。一般の医療機関(診療所)を受診したとしても、現時点では確固たる検査が出来ません。現在簡易診断検査キット(インフルエンザを疑った時に鼻の奥に突っ込まれる、あれです)の開発が急ピッチで進められているものとおもいますが、恐らく汎用されるまでにはまだ数か月あるいは半年ほどかかるのではとおもいます。肺炎を起こしているか否かは胸部写真が一つの診断ツールではありますが、今までの報告を読む限り、確定診断にはコンピューター断層写真(CT)が必要で、大きな病院でなければ難しい。つまり現状では発熱と共に咳をする患者さんが受診された際、インフルエンザや細菌感染を除外できた場合はひとまず風邪として対症療法を行い、経過を観察する。治りが悪く、症状が遷延する際には専門医療機関へ紹介するというステップになります。何となく心もとないおもいが否定出来ませんが、現時点では致し方ありません。

 このような状況にあって、ひと際重要なことが感染予防策です。SARS-CoV-2の大きな問題点の一つは、その潜伏期間が2週間弱と長いこと、そして未発症の感染者からもどうやら2次感染が成立するようであることです。中国と接点のない感染例が散発的に報告され出した今、残念ながら日本はもはやパンデミック(大流行)前夜です。どこでウイルスに感染するかわからない状況になりつつあるということです。自らのみならず、同胞に感染を拡大させないために我々が徹底すべき予防策について説明したいとおもいます。
 まずはマスクの着用にかんして考えます。ウイルスはごく微細な粒子であり、これを含んだ飛沫を吸い込まないようにふつうのマスクで完全に防御することは不可能です。一般的なマスクは鼻や顎の部位に隙間があって、そこを容易に飛沫は通り抜けます。それではマスク着用の意味は全くないのかというと、そうでもありません。盛んに咳き込み、くしゃみを連発するひとがマスクを着用することで、飛沫の拡散をある程度防いでくれます(咳エチケット)し、電車内などで向かいに座る人が咳き込んで、飛沫を直接浴びる恐れがある場合などにはマスクをしないよりは感染リスクが低下するでしょう。その他、実は感染の多くがウイルスの付着した手で口や鼻を触ること、場合によっては目を擦ることで成立すると考えられています。従ってマスクをすることにより、汚染された手で不用意に口や鼻を触らないようにする効果が期待できるかもしれません。眼鏡やサングラスもその意味では効果がありそうです。
 次に手洗いです。今回のSARS-CoV-2に限ったことではありませんが、飛沫感染を予防するうえでこれほど有効な手段はありません。普通の石鹸を利用して流水で手を洗うこと、ただそれだけです。腕時計は外して、手首まで念入りに洗いましょう。本当は指輪なども外した方が良いのでしょうが、まあそこまで徹底しなくもよいとおもいます。盲点が一つ。せっかく手洗いしても、手を拭くタオルが不潔では意味が全くありません。手洗いの度に新しいタオルを使用する、あるいはペーパータオルを用いることが大切です。それから洗面所のドアノブ、水道のコック、ハンドルなどをこまめに消毒用アルコールで拭くことも忘れてはいけません。たかが手洗いとおもわれるかもしれませんが、実際に今年になってからインフルエンザの流行がパタッと収束したのは、皆さんが今回の新型コロナウイルス騒動で手洗いやマスク着用を意識した結果ではないかとの考察も出されています。
 もう一点は不特定多数が集まる閉鎖空間には特に注意が必要であることも加えておきます。先述したクルーズ船の例を引くまでもなく、満員電車、映画館やコンサート会場などは危険度が高いとおもっていた方が賢明です。これから春以降、サッカーや野球観戦も要注意です。とはいえ、激混みの通勤電車に乗らない訳にもいかず、好きな歌手のコンサートにも行きたい。当然です。過剰に心配することなく、電車の中では不用意に口元を触らないよう心掛け、会社に着いたらまずは手洗いをする習慣を付けましょう。それで充分です。蛇足になりますが、一般的に感染症は我々が疲れていたりして抵抗力が落ちている時に起こりやすくなります。十分な睡眠、適度な栄養摂取、ハードな運動を控えることなども基本的な対策となりえます。小生も今しばらくはフルマラソンを止めることにしました(笑)。

 最後に治療のことを少し解説します。残念ながら現時点でSARS-CoV-2に対する特効薬やワクチンは存在しません。一部でエイズの治療薬が効果的との報告がなされ、現在国内でも急遽臨床試験が始まっています。先述した如くエイズの原因となるHIVはSARS-CoV-2同様1本鎖RNAウイルスです。この治療薬はHIVが自己を複製する際に使用するタンパク質を宿主の細胞から得る際に使うタンパク分解酵素(プロテアーゼ)を阻害する、プロテアーゼインヒビター(PI)と呼ばれるもので、これがSARS-CoV-2にも効くのではと期待が持たれているのです。その他ウイルスの核酸合成を阻害する酵素阻害薬なども今後出てくるかもしれません。
 特効薬がない現状で、入院中の患者さんにはどのような治療が行われているのでしょうか。肺炎が重症化すると肺による血液の酸素化が出来なくなります。これを補助するために酸素吸入を行ったり、場合によっては気管内挿管を行って人工呼吸器による呼吸アシストを行ったりします。それでも低酸素血症が改善できなければ、血液を特殊な機械に流して直接酸素化する治療も行われます。また往々にして合併する腎不全に対しては透析などの血液浄化療法が併用されます。

 長文となってしまいました。最後に短くまとめます。「新型」と聴くと、何かとてつもなく恐ろしい印象を持ちますが、決して過剰に恐れるべきものではありません。感染しても、その多くの場合は軽症で治癒すること、空気感染はせず、殆どが汚染された手で口、鼻や目を不用意に触ることで感染すること、死亡率も現時点ではそれほど高くないこと、糖尿病などの持病を持つ人はより注意が必要なこと。これらのことを今一度確認し、「正しく恐れる」ようおねがいします。