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眼を守るために

 新型コロナウイルスの話題で持ちきりです。現時点ではヒト‐ヒト感染における感染力はそれほど強力なものではなく、インフルエンザよりもおとなしい印象です。過度に恐れることなく、標準的予防策、すなわちマスク着用、うがい、手洗いを徹底することで十分です。

 さて今回は久しぶりに医療ネタで書いてみました。これから超高齢社会を迎える日本において増える眼疾患についてのおはなしです。


 先日久しぶりに地下鉄に乗る機会があった。既に帰宅ラッシュアワーを過ぎていたので車内は比較的空いており、シートに座ることができた。見るとはなしに向かいのシートに目をやると、座っている六人の内五人がスマホと睨めっこしており、残りの一人は舟を漕いでいた。ぼくは電車と言えば読書だとおもっていたので少なからず驚き、あらためて周りを見渡すと、本を読んでいた人はぼくが座るところから見える範囲にたった一人であった。一方でスマホの他、いわゆるデジタルデバイスとおもわれるガジェット(携帯可能な電子機器)を手にしている人はあちこちに居て、耳にはイヤホンを付けている人も多かった。

 実はこの日、仙台市医師会主催の「特定健康診査・基礎健康診査に係わる眼底検査登録研修会」なるものに参加していたのだが、たいへん参考になることばかりであったので、その中でも特に重要と思われるいくつかの知識にかんして解説したい。
 ヒトは五感(視覚、嗅覚、味覚、触覚、聴覚)の中でも視覚からの情報にその80%を頼っている(イヌの場合は嗅覚が70%と言われる)故、視力が低下すると足元がおぼつかなくなって転倒するリスクが2.5倍にもなり、一たび転倒すれば大腿骨骨折などを引き起こして以後寝たきりになる危険性が高まると報告されている。その他視力が0.7未満の場合は2.9倍も認知症になりやすく、視力障害の大きな原因である白内障を手術すると、認知機能が有意に改善するというから驚きである。つまり高齢になっても視覚を維持することは生活の質低下を防ぎ、認知機能を維持し、健康寿命を延ばす上で大切だということである。
 眼の病気といえば白内障、緑内障あたりが市民権を得ているとおもうが、実は糖尿病網膜症や加齢黄斑変性症と呼ばれる疾患も大切で、これらすべての眼疾患が急に増えだすのが65歳以降と言われる。つまりこれからいわゆる「団塊の世代」が後期高齢者となる日本は、眼疾患が急増する時代に突入するということである。視覚障害者の原因疾患の推移を観ると、治療法の進歩にもかかわらず緑内障の頻度が右肩上がりに増加しており、約3割を占めている。この緑内障、厄介なことに初期には全く症状がない。中等度まで進行した時点で初めて眼科を訪れる人が最も多いのが現状だ。緑内障患者700余名を対象にしたアンケート調査において、緑内障と診断される前に症状を自覚した際に何を考えたかを問うと、老化による単なる視力の低下や目の疲れ、老眼とおもっていた人が半数を超えており、実に一割程度の人は何も疑っていなかったと報告されている。つまり緑内障はそれだけ自覚症状に乏しく、自覚症状が出てからでは治療が後手に回る疾患であることを是非覚えておきたい。さてそれではどうするか。結論を先に言えば、検診を受けることが何を措いても大切なのである。緑内障は60歳代から急速に増えだすから、還暦近くになったら、何も自覚症状がなくても一度は眼科受診をすることが大切だ。ここでもう一点大切なことを追加しておくが、緑内障といえば眼圧が高いものと理解していてはいけない。日本人の緑内障の殆どは眼圧が高くない、「正常眼圧緑内障」である。従って、検診やドックで眼圧が正常だからといっても安心はできないということなのだ。それでは緑内障の診断において最も大切なものは何か。それが眼底検査なのである。眼底検査は我々の身体において唯一動脈の状態を無侵襲に調べることが出来るもので、緑内障以外にも動脈硬化の進展、将来の脳心血管疾患発症リスクをある程度予測できるたいへん優れた検査なのだ。仙台市は特定検診、基礎検診においていち早くこの眼底検査を取り入れた点で、かなり進歩的な都市であることをここに付け加えておく。

 ぼくは大学生の頃から急に近視が酷くなり、以後ずっと眼鏡のお世話になっている。実はこの近視と緑内障には密接な関連があり、近視が高度だと緑内障も増えるとのことである。そしてわれらが日本は世界トップクラスの近視大国で、40歳以降の近視有病率は驚くことに41.5%にも上る。何を隠そう、ぼくも数年前から人間ドックの眼底検査にて緑内障の疑いを持たれ、半年に一度程度の頻度で眼科を受診している。その都度眼底検査、視野検査の他OCT(光干渉断層計)と呼ばれる機器による網膜の精密検査を受けている。高度視力低下となれば、生業である内科診療に大きな支障が出て生活に困り、そして何よりも大好きな読書も車の運転やジョギングも出来なくなることをかんがえると途轍もない恐怖感を覚えるのだが、こればかりは如何ともしがたい。人は歳をとれば何かしら病を得て、いつかは死ぬ存在だ。でもまだもう少し元気でこの世の中のあれこれを見ていたいとおもうから、定期的な眼科受診を欠かさないことに加えて、もう一つ心掛けていることがある。それは日常生活において極力スマホを見ないようにすることだ。電子カルテを使用しているので、ただでさえスクリーンタイム(パソコンなどの画面を凝視している時間)は長いから、それ以外の時間は出来るだけガジェットなしで過ごすことに決めた。特にスマホはパソコン画面と比べても格段に目の近くで見つめることにより、近視の増悪因子としてとても重大であることを知ってから、以前にも増してより注意するようになった。

 件の地下鉄車内では、圧倒的多数の乗客がスマホなどのガジェットと睨めっこしていた。先日香川県議会で子供たちがゲームやネットサーフィンをする時間を条例で制限する案の審議が始まったとのニュースを耳にした。ゲーム依存症予防としての実効性が本当にあるのかどうか、あるいは条例で決めるという統制社会をおもわせる違和感は一旦措くとしても、子供たちの眼を近視から守る上では先駆的な取り組みかもしれない。普段手持無沙汰のときなどつい何気なく覗くスマホだが、その都度眼にはとても負担がかかっていて、特に年若い子供たちに将来厄介な病気を惹起する場合があることを銘記してほしいとおもい、この一文を急ぎ書いてみた次第である。