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地獄の沙汰も金次第

 今日は七十二候における小寒の末候、雉始雊(きじはじめてなく)に当たります。季節としてはもう晩冬なのですね。実際にはこれから2月にかけてが最も寒いのですが、今年は暖冬ですのでどうなるか。

 さて新年最初のエッセイは「地獄の沙汰も金次第」と題して書いてみました。お付き合いください。


 ぼくの子供たち二人はいずれも成人してそれぞれの道を歩んでいるのだが、我が家では未だにお正月には彼らにお年玉を手渡すことにしている。西暦年号にちなんでその額を決めているので、今年は2020円をお年玉袋に入れて彼らに渡した。毎年趣向の異なるお年玉袋を選ぶのは我が相棒の密かな楽しみで、今年も中々秀逸なものだった。「おじさんのお言葉」と題されたその袋には、恰幅の良い男性が右手に葉巻、左手にはブランデーのグラスを持つ姿がシルエットで描かれ、こんな言葉が添えられていた。「若いときのおじさんは、金こそ全てだと思っていた。歳をとってよくわかったのだが、まったくその通りだった。だから毎月少しずつお金を貯めていきなさい。そうすれば年末にはびっくりすることでしょう。あまりの少なさにな。」
 新春の初笑いとなったのだが、この年末年始まさに「金こそすべて」と思わせる事件が全世界を騒がせた。あのゴーン氏がプライベートジェット機を用いて中東のレバノンへ密出国した騒動である。密出国計画は数か月間を費やして綿密に練られ、その計画立案の中心的役割を果たしたのは元米軍特殊部隊グリーンベレーの隊員だったとか。一説によればその費用は22億円ともされ、保釈に際して支払われた保証金15億円と合わせると40億円近い出費だから、ただただ驚くしかない。この世の中、お金さえあれば大概のことは出来るのだというメッセージをこれほど明確に、そして衝撃的に伝えた事件は後にも先にもないのではないか。早い段階からゴーン氏の海外逃亡を危惧し、彼の保釈に対して強硬に反対していた東京地検にしてみれば憤懣やるかたなしといった状況だろうが、判決が下るまでは推定無罪とするのが世界の常識で、公訴事実を否認する被告人を長期間(ゴーン氏の場合は100日を超えた)拘留し、家族との面会までも制限することはやはりおかしいことで、世界から「人質司法」との非難を受けても致し方ないことだろう。被告人の保釈はこれからも積極的に進めるべきで、その一方で保証金の増額や、GPS装置の装着による行動監視、あるいは有人監視、さらに逃亡時には重罪を課せるようにする法改正は必要だろう。
 それにつけても大脱走だった。まるで「スパイ大作戦」そのものだ。これほどまでして逃げたかったのだから、よほどの裏事情があるのではと考えるのが素直だとおもう。それは有価証券報告書虚偽記載とか日産に対する特別背任程度の可愛いものではなかろう。この程度の罪なら、有罪でも罰金1000万とか数年~10年未満の懲役刑だろう。仮に1億円の罰金だとしても、ゴーン氏にとってはお小遣い程度。懲役実刑判決が下ったとしても、フランスのレジョンドヌール勲章に加えて日本からも藍綬褒章を授与されているほどの人物故、情状酌量の上執行猶予、あるいは刑が軽減されたのではないか。ゴーン氏の総資産が果たしてどの程度あるのか見当もつかないが、尋常ならざる蓄財のためには真っ当な手段ではない巧妙なからくりがあって、恐らくは深い闇の奥底に流れる太い金脈があるのだろう。全世界の超富裕層に連なるその金脈にメスが入ることを危惧した利害関係の一致する大物人物、組織、いやもしかすると国家による救いの手があったのかもしれない。まあゴーン氏が逃げちゃった今、真相は闇に沈み、今後もそう簡単には解らないであろう。逃げた魚はとてつもなく大きかったということだ。
 でもこの先ゴーン氏を取り巻く環境はそれほどバラ色ともおもえない。海外逃亡中は時効が停止されて、日本には二度と入国できないだろう(もちろん入国する気はさらさらないだろうけど)。怒り心頭の東京地検はあらゆる手段を用いて世界各国に根回しするだろうから、ゴーン氏が国籍を有するフランス、ブラジルのみならず米国、英国にだって身柄を拘束される可能性を危惧して、心安く訪れることは叶わないだろう。現在身を寄せるレバノンにせよ、政情は不安定。今後の政権交代などによっては身柄を拘束されることだってあるかもしれない。今までは世界の名だたる有名企業がゴーン氏の経営手腕に期待して彼を招聘することもあっただろうが、流石にICPO(国際刑事警察機構)によるお尋ね者となった現在ではそれも難しいだろう。もちろん有り余る資産の運用で生活するには困らないだろうが、これから一生涯逃亡者として生き続けるのも中々辛かろう。出来ることと言えば、自らの生涯を顧みる自伝の出版程度ではないのか。
 どんなに多額な資産を有していても、「不老不死」だけは絶対に買うことが出来ない。ゴーン氏も既に還暦過ぎで、これから老後を迎える。ビジネスとはいえ日本にかかわって早20年である。日本にも友人、良き想い出が数多あることだろう。それらを打ち捨て、残りの人生が長くはない今、果たしてどんな気持ちで過ごしているのだろうか。今から更に20年ほどが経過したとき、ゴーン氏は親族や取り巻きに何を語るのだろう。「若いときのおじさんは、金こそ全てだと思っていた。歳をとってよくわかったのだが、まったくその通りだった。だから毎月少しずつお金を貯めていきなさい。そうすれば晩年にはびっくりすることでしょう。買えるものは実はあまり多くないということにな。」とでも言ってくれたら少しは救われるのだが。