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アナログを見直す

 5月とは思えないような暑い日が続いています。時折しも運動会シーズンたけなわ。まだまだ暑さに身体が慣れていないこの時期、容易に熱中症を発症しそうです。木陰に入ったり、こまめに水分補給を心掛けましょう。ぼくも今日は日中のジョギングを避け、夕方に走ることにして、午前中はエッセイを書くことにしました。今回は「アナログを見直す」と題して書いてみました。

 父が亡くなってから半年以上が経過し、空き家となってしまった実家を少しずつ整理しようとおもうのだが、遅々として進まない。法務局かどこかで閲覧出来る相続の情報を基にしてなのか、聞いたこともない不動産会社からダイレクトメールが相次いで届く。曰く、「他社の何処よりも誠実にご相談に乗ります。資産売却に関してご検討の際にはぜひ弊社にご連絡ください。」と。何時までも空き家として放置するつもりは毛頭ないものの、父が苦労して築き上げ、ぼく自身にも想い出がたくさん詰まった、自身の原点とも言える家をそう簡単に手放す気にはどうしてもなれない。今のところ父が大量に残していった書籍と、ぼくの蔵書を合わせて、当座の間は書庫としての利用をかんがえている。
 先日SONYからグラススピーカーという物が販売されていることを知り、アナログレコードプレーヤーと同時に購入した。購入してはみたものの、肝心のアナログレコードがCD全盛の現代にあっては入手が難しい。試みに市内の大手ショップを訪ねてみたが、殆ど取り扱いがない。諦めかけた矢先、そういえば父の家には昔のレコードがたくさんあるのではとおもい出し、さっそく物色に出かけた。探索開始後ほどなく埃をかぶったステレオラックの奥に、それほどたくさんとは言えないまでも、クラシックからシャンソンまで、結構楽しめる数のアナログレコードを発見した。早速モーツァルトの交響曲第35番「ハフナー」を選んで、カバーから取り出して状態を確認する。何十年も経過しているにもかかわらず、レコードは黒光りして、カビなどもなさそうだ。ドキドキしながらターンテーブルに乗せてスタートスウィッチを押す。そういえば、初期のレコードプレーヤーはアームを自分で持ち上げて、回転するレコードの端っこに乗せなければならなかった。そのうち自動化されて、ボタン一つでスタートするようになったのだった。レコード針にもダイヤモンド針とか種々あって、俄かオーディオマニアとして拘っていたことを懐かしくおもいだした。そうそう、昔「ダイヤモンド」という歌が女性バンド「PRINCESS PRINCESS」のヒット曲にあったが、その歌詞の中に、「針がおりる瞬間の 胸の鼓動焼きつけろ」という一節があった。「針がおりる」と言われても、今の高校生辺りには何のことか解からないだろう。同様に、「ブラウン管じゃわからない 景色が見たい」という歌詞も意味不明かな。小林明子の「恋に落ちて-Fall in love-」には「ダイヤル回して手を止めた」というフレーズもあるが、ドキドキしながら相手の電話番号をダイヤルするなどという牧歌的な時代があったと懐かしくおもい出すのだった。いまではプロポーズもメールでというのが珍しくない時代だもの。
 さて、スウィッチを押すとアームが静かに動き出し、針がレコードにおりる。バチっと接触音があり、その後かすかな摩擦音が続き、コロンビア交響楽団の奏でる「ハフナー」が鳴り始める。暖かく、ふかみのある音色にうっとりとしてしまう。蛍光灯と白熱電球の違いに似ているかな。元より雑音の無さという点ではデジタルに敵うはずもなく、我々が聴き取れる音域以外はカットされているとしても、元々聴こえないのだからCDで十分だとの意見は当然だ。でもアナログ録音には何故か懐かしい、丸みを感じるから不思議だ。指揮をするブルーノ・ワルターの姿が目に浮かぶようだ。ジャズでも試してみたいとおもい、名盤であるBill Evans Trioの「Waltz for Debby」をネットで購入して聴いてみた。こちらはもっと感動した。CD版と聴き比べると、明らかに違う。アナログレコードの方が空気感というか、くつろぐ客たちの笑い声やグラスの触れ合う音までが通奏低音として流れ、行ったこともないニューヨークのVillage Vanguardの情景が目に浮かぶようだった。明かりを落とし、スコッチをロックでやりながら、至福の夜を過ごすことが出来た。
 音楽に限らずデジタル化はあらゆる分野で全盛を迎えている。テレビ、書籍、無線通信その他諸々。でも、アナログもまだまだ捨てたものではないな。ぼくも今デジタル聴診器を使用しているが、次はまたアナログに戻そうか。
 アナログレコードの魅力を再発見した今、ぼくに一つの夢が生れた。父の家を片付けて、リフォームし、書庫とリスニングルームとして生まれ変わらせたい。徹底的にアナログ機器に拘った構成にして、引退後を楽しく過ごす空間を創設するのだ。「木村中外記念文庫」とでも名付け、地域の住民が集まってお茶飲みしながら本と音楽を楽しめる私設図書館でもいいかなあ。という訳なので、連絡を下さる不動産会社の皆さま、今しばらく売却する予定はございません、悪しからず。