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「退き際」について

 プロテニス4大大会の一つ、全豪オープンで大阪なおみ選手が優勝し、ランキングで1位になりました。第2セットの途中でマッチポイントまで迫り、その後逆転を喫した際には、暗雲立ちこめ、いやな予感を持ちました。ところが、休憩を挟んだ第3セット、まるで別人のように落ち着きを取り戻し、その後は危なげない試合運びでトロフィーを手にしました。まだ21歳(本人は自らの精神年齢が3歳から5歳へ成長したと言ってましたね)ですから、今後がとても楽しみです。

 まさに昇り龍の勢いが感じられる大阪選手と対照的に、スポーツ界では引退のドラマもありました。今回は「退き際」というテーマで、おもうところを書いてみました。


 大相撲1月場所において、第72代横綱稀勢の里関が引退した。遅咲きながら、久しぶりの日本人横綱として人気があった。練習の虫、努力の人であったが、最後まで怪我を克服することは出来なかった。「土俵人生に一片の悔いもございません。」と言い切った稀勢の里関をテレビで観ながら、もう28年も昔に「体力、気力の限界」と絞り出すような声で引退会見に応じた故千代の富士関を思い出した。両元横綱共に30代前半の引退で、早すぎるようにもおもう反面、巨体同士がガチにぶつかり合い、時に土俵下へ激しく投げ出されるような真剣勝負を年6場所、90日間も行うのだから、力士という職業は怪我など日常茶飯事で、並大抵の体力、気力では勤め上げられない厳しいものなのだろうともおもった。稀勢の里関に先立つこと数週間前、女子レスリング界のレジェンド、吉田沙保里選手も引退を表明した。彼女も会見で「全てやりつくした感が強い」と話していたが、稀勢の里関にせよ吉田選手にしても、何か一つのことをとことん追求し、努力を弛まず最後まで徹底的にやり尽くすという経験を30代でするのは実にすばらしいことだとおもう。
 翻って自分はどうかと考えてみるに、およそあらゆる面で中途半端だなあと暗澹たる気分になるのだった。技芸にせよ学問においても、何一つとして満足できる域に達したものがないということには、50代を迎えた人間として忸怩たるおもいを抱かざるを得ない。しかしながら、それではこれから残りの人生において、新たに何かを極めることが果たしてできるであろうか。恐らく無理であろう。そうであれば、結局は自分の仕事である内科診療を地道に、コツコツと続けていくしかないのかなとおもうに至った次第。ところが、最近明らかに記憶力が悪くなり、新しい知見にかんする文献等、何度読んでもさっぱり頭に入らない。更には頻用するクスリの名前が一瞬おもい出せず、カルテを記入する手が暫し止まることが増えてきた。今後それらの傾向に拍車がかかることを考慮すると、これから先の医師人生においては、「退き際」というものを常に意識して過ごさなければならないのだなと肝に銘ずるのだが、それは口で言うほどに簡単なことではなさそうだ。物事は何でも概して始めるときよりも止めるときの方が難しく、労力を要する。会社を興すときよりもたたむときの方が大変だし、喫煙や飲酒も始めるのは容易く、その習慣を断つのはとても難しい。離婚は結婚よりもずっと大変だと聞く(まだ経験したことがないからわからないけど)。
 勤務医と異なり、個人開業医に定年はない。その気になれば80歳でも、あるいはかの日野原重明先生の如く90、いや100歳近くなっても診療を継続することは可能だろう。もちろんぼくにはそのような気概、忍耐力はもとよりない。でも今まであらゆることにおいて、即断即決をモットーとし、大学を去るときも前病院を辞するときも相棒とろくに相談もせずパッと決め、それでもけっこう上手くやってきた自分のやり方というものを、こと引退にかんしては改めなければともおもう。「全てやり尽くした」という域にまでは達せずとも、自分だけではなく、他者から「今まで良く頑張られましたね」と言ってもらえるよう、もう少しは粘ってみなければとおもっている。その一方で、現在の居場所に何時までも居座り、「老害」などと陰口を言われる前に潔く身を引き、若い世代にバトンタッチする最適なタイミングを見失わないようにもしたいものだ。
 先日読んだ佐藤優×さいとうたかを、「Gのインテリジェンス」という本の後書きで、82歳のさいとうたかを氏が、「死ぬまでゴルゴ13は書き続けたい」と述べておられた。30代で全てをやり尽くしたとおもえる人もすごいが、死ぬまで現役とおもい願う人も素晴らしい。見習いたいものである。