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続・過ぎたるは猶及ばざるが如し

 台風24号(アジア名;チャーミー/Trami)は現時点で足摺岬の南方にあり、中心気圧は950hPaと非常に強い勢力を保ったまま、これから明日にかけて日本を縦断する予想です。かの伊勢湾台風にも匹敵する高潮の恐れがあるとのこと、被害が少ないことを祈るのみです。

 流石に今日はあまり歩けず、家でじっとしていましたが、今月は小生、良く運動しました。ウォーキング161.9km、ランニングは151.1kmで、合計300kmを超えました。だんだんと夜明けが遅くなって早起きが辛くなってきますが、習慣化すれば別にたいしたことでもありません。これからも淡々とこの生活を続けるつもりです。

 概して運動は我々にとって良い効果を及ぼしますが、あまり度が過ぎると、マイナス面もあるというお話が今回のテーマです。

 先日10代の男の子が受診した。当クリニックに来院する患者さんの平均年齢はおおよそ70歳前後だから、10代は珍しい。予診票に記載されている主訴は易疲労感、頭重などとある。風邪か、あるいは最近増えているとされる若者の心身症かなと病態をおもい描きながら診察室に呼び込んだ。
 診察室に現れた彼は、ぼくが想像していた小太りで色白のインドア派少年ではなく、良く日焼けして、無駄な脂肪が一切付いていないカモシカのような姿だった。一見して陸上競技、それもおそらく長距離走を専門としている選手だろうと予想が付いた。尋ねてみれば、案の定駅伝選手だという。1㎞をどのくらいで走るのかと問えば、ベストタイムは3分10秒くらいと答えてくれた。将来箱根を走れるくらいの極めて優秀なアスリートである。ほぼ毎日10㎞くらいはふつうに練習しているとのことだが、最近練習の疲れがなかなか抜けず、疲労感、頭重感があるという。タイムも伸びなくなってきて、県大会そして東北大会が近づいてきて焦っているという。
 この時点でぼくの頭の中で診断はほぼ確定し、あとは血液検査の結果を待つことにした。程なく出た結果では予想通り典型的な鉄欠乏性貧血を認め、ぼくが下したオーバートレーニングによるスポーツ性貧血との診断は正しいと確認した。
 10代後半は身体の発達にスパートがかかり、身長の伸びも顕著な時期だ。往々にして造血に必要な鉄供給が追い付かずに、軽度の貧血を認める。また激しい運動を日課にしていて、日々大量の汗をかくと、汗の中に含まれる微量な鉄が無視できなくなってくる。「塵も積もれば山となる」というわけで、多汗による鉄の喪失から鉄欠乏を来すのである。加えて陸上競技選手では、繰り返される足底と地面間との圧迫で赤血球が押しつぶされて破壊されることによる溶血性貧血も起こり得る。
 貧血自体は鉄剤の服用で比較的速やかに改善するのであまり心配はないが、実はスポーツ性貧血を有するアスリートの多くが、オーバートレーニング症候群を合併していて、これが場合によっては選手生命を絶つほど重大な問題となり得るから厄介である。オーバートレーニング症候群は身体的には動悸、息切れ、頭痛、めまい、だるさなどの症状を伴い、一方精神的には焦燥感、気分の落ち込み、練習への意欲喪失、自己評価の低下などを認める。陸上競技選手ではタイムの伸び悩み、大会への興味喪失、モチベーション低下などがよく見られる。その対処方法として第一に十分な休息とトレーニングの中止が大切だが、元々極めて真面目な性格の選手に起こりやすいので、完全休息は難しいことも多い。指導者の目を盗んで自己練習に励む、あるいは休息不十分なままに強化合宿へ参加する選手も多いと聞く。女子選手では更に別な問題をも孕む。激しいトレーニングで痩せが顕著となると、月経が止まってしまう。続発性無月経と呼ばれる状態で、軽症であれば正常に復することもあるが、重症例では早期に閉経を迎えてしまうケースがある。妊孕性への影響はもちろんのこと、若年性の骨粗鬆症などの危険性もあり、大きな問題なのである。
 件の男の子とお母さんにはオーバートレーニング症候群の概説をお話しし、鉄剤を処方の上で経過を観ることにした。後日、内服ではなくて注射による治療は出来ないかとの相談が寄せられた。良く勉強してきたなと感心したが、最近では鉄剤の点滴静注治療があまり推奨されなくなってきていることを説明し、焦らず、今は休息が大切であること、「急がば回れ」であることを再度説明して診察を終えた。
 健康増進目的に行われるジョギングも、度を超すとむしろ身体を蝕むことがあるというお話で、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」なのである。え、俺も無理はしないことにしようですって?今回のお題であったオーバートレーニング症候群は極めて真面目に、毎日のハードトレーニングをこなすアスリートにのみ観られるものであって、あなたのような三日坊主常習犯には当てはまらないからご心配なく。あなたに必要な警句はむしろ「継続は力なり」あるいは「点滴石を穿つ」でしょうな。