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日本のクルマに未来はあるか? その2

 ぼくが初めてハンドルを握った1980年代後半、中古車の中にはまだキャブレター(燃料気化器)のあるエンジンを搭載したものがあった。年上の友人が大学入学後にいち早く購入した中古車はまさにこのタイプのものであり、運転席にはチョークレバーが付いていて、冬の朝にエンジンを始動する際にはこのチョークを最大に引く必要があった。チョークを引くことはエンジンのキャブレターに注入される空気を絞って燃料との比(空燃比)を上げる、つまり濃い燃料気にして着火しやすくする操作である。無事にエンジンがかかれば、その後しばらくそのまま暖機運転をし、チョークを戻してから発車するというプロセスが必要であった。面倒ではあったが、免許を取り立てのぼくにとっては自動車という「機械を操縦する楽しみ」の一つだった。その後「オートチョーク」の時代を経て、エンジンからキャブレターは消え、「電子制御燃料噴射装置(EFI:electric fuel injection)」全盛となって、同時にマニュアルトランスミッションからオートマチックトランスミッションへの急速な切り替わり時期を迎えた。
 ぼくが初めて乗ったクルマは排気量1600㏄のDOHC(double overhead camshaft)エンジンを搭載したマニュアルトランスミッションのライトウェイトスポーツカーだった。DOHCエンジンは燃費こそあまり良くないが、高回転高馬力が特徴で、小さな車体に強力なエンジンを積んだクルマは小気味よく走ってくれた。当初ギクシャクとしていた運転操作も時と共に板に付き、しばらくすると半クラッチのまま坂道で静止することや、シフトダウンする際にエンジンの回転数を合わせるクラッチワークも上手にこなせるようになった。雪の多い時期はハンドル操作を最小限にして、アクセルワークのみでカーブを切り抜けるドリフト走行も楽しむようになった。
 結婚して子供が生れると、家族の実情に即した車が必要となり、ミニバンタイプのものに乗り換えた。車内は広く、チャイルドシートに座る子供たちはご機嫌であったが、あまり吹き上がりの良くないディーゼルエンジンとオートマチックトランスミッションのクルマには「機械を操縦する楽しみ」が乏しく、ぼくは以後久しくクルマにワクワクすることを忘れた。独立開業してからは通勤で毎日利用することを考慮して安全対策機能の充実した車種を選ぶことを周囲から勧められ、当時としては最先端の安全装置がフル装備された一台を購入した。レーンキープアシスト、アダプティブクルーズコントロール、オートブレーキ等々。確かに安心だが、つまらない。この上さらに完全自動運転機能などが加わったら、ぼくは完全にクルマへの興味を失うかもしれない。
 最近読んだ本で、米国空軍のパイロット不足を知った。米国空軍では急速に無人機(ドローン、一昔前はプレデター、今はリーパーが主流)の導入が進んでおり、これらの操縦任務を打診されると、少なくないパイロットたちが除隊して民間の航空機会社に転職してしまうそうだ。狭いトレーラーハウスの中でモニターと睨めっこしつつキーボードを叩き、あるいはジョイスティックを動かす操作は、安全ではあっても飛行機を操縦している躍動感からは程遠いものであり、たとえ危険であっても重力を感じつつ大空を飛び回る魅力の方が彼らを惹きつけるのだろう。
 この例に倣って考えてみると、この先人工知能がさらに進歩して自動車の全自動運転が可能となった時、クルマが今以上に売れるようになるのかどうか疑問におもうのだ。もちろん通勤に利用する人たちの需要は一定数あるであろうが、公共交通システムの発達した大都市圏では、通勤用途ではなく純粋にクルマの運転を楽しみたい人たちが欲しがるクルマがこの先登場してこないと、国産自動車の売れ行き向上は期待できないのではないか。そこで提案である。排気量は少なくて良い、あるいはハイブリッドでも純粋に電気モーターでもよいから、フルオートマチックはやめにして、低価格マニュアルトランスミッションの小型スポーツカーをもっとたくさん作ってほしい。そして、高齢者ドライバーにこそマニュアルトランスミッションのクルマを勧めるべきと考える。マニュアルトランスミッションを選べば、発進時にアクセルとブレーキを踏み間違う事故は起こりえないのであって、また、マニュアルトランスミッションを上手く使いこなせなくなってきたら、そろそろ運転免許返納の時期ですよというメッセージも説得力があって受け入れやすいのではとおもうのだが、如何であろうか。

参考文献:「AI戦争論 進化する戦場で自衛隊は全滅する」 兵頭二十八 著(飛鳥新社)
      「無人暗殺機ドローンの誕生」 リチャード・ウィッテル 著(文藝春秋)