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感染性胃腸炎ー後医は名医

 桜が満開を迎えています。良い季節ですね。お花見も魅力的ですが、インフルエンザが下火になり、これからは感染性胃腸炎に注意が必要です。今回は流行を先取りした小生の体験談をアップします。


 その異変は突然襲ってきた。インフルエンザ同様に、今回のテーマである感染性胃腸炎のような急性ウイルス感染症の発症は突如かつ激烈だ。休診日だった先週の土曜日、翌日短い春休みを終えて岡山へ戻る息子と買い物に出た帰りの車中で俄かに体調が悪くなり始めた。たとえて言うならば、鳩尾の辺りに風船が膨らみ始め、それが際限なく大きくなっていく感じだ。最初はストレートティーのお代わりがいけなかったのかと思ったが、家に帰ってきて胃薬など飲んでみても、一向に改善がみられない。その後の進展は急速で、夕食も大好きなお酒も一切受け付けない。やがて件の風船がさらに大きくなったと同時に猛烈な悪心が襲い、以後頻回の嘔吐に見舞われた。6時間以上経過しているのに、吐物には昼食の残渣が大量に観られる。胃の蠕動運動が止まっている証だ。「しまった!罹った!」すぐに診断がおもい浮かぶ。感染性胃腸炎。全経過はおよそ5日間、その内最も辛いのはこれから24時間か。幸いに明日は日曜日なので、何とか来週の診療には穴を開けずに済みそうだと皮算用しつつ、素直に横になる。同日深夜まで続いた嘔吐はやがて収まり、翌日早朝から今度は予想通り下痢が始まった。全く形を成さない水様性の下痢で、ピーク時は数分おきに催す。まあよくもこれだけ出るものだと感心してしまう。スポーツドリンクをこまめに飲むが、追い付かず、口は乾き頭痛も加わる。脱水症状だ。とにかくだるいし、腹部の張りが辛い。大量の整腸剤を飲んでもほとんど効果はなく、相変わらずの水下痢が際限なく続く。寝苦しい夜を過ごして、無情にも月曜の朝が来る。土日と連休を取ったので、さすがに休診というわけには行かず、無理を承知で出勤する。一匹狼の独立開業故、代わりは誰も居ない。こんな時だけは大病院の勤務医時代を懐かしくおもうのだった。まあ青息吐息の状態とはいえ、なるべく笑顔を絶やさないようにして診療を続けたのだが、体調が悪いとついつい辛辣な言葉が口を突く。スタッフや当日受診した患者さんには迷惑をかけたかもしれない。月初で患者数が少ないことがせめてもの救いであった。月曜の夜もほとんど何も食べられず、翌火曜日もほぼ同じ状態。じっとがまん。土曜発症だから、あと1日ほどのはず。そうして迎えた水曜日、ようやく下痢が収まり始め、今これを書いている木曜日の朝、お腹を占拠していた件の風船が正にパーンと割れるがごとく、急に消えた。
 季節の変わり目には必ずと言ってよいほど感染性胃腸炎が流行る。特に今の時期は寒暖の差が激しいことに加えて、歓送迎会などが多く、食べ過ぎ飲みすぎによる胃腸の疲れも一因となろう。そのほとんどがウイルス性であり、残念ながら何をどうしても、時間が経たなければ治らない。ただひたすらに安静を保ち、我慢するしかないのである。時々、平均的な経過を考えて処方した5日間の内服薬をのみ切らずに再度受診する方や、他院で感染性胃腸炎の診断を受け、きちんと処置、処方されているにもかかわらず、「さっぱり良くならない」と不満げに訴える患者さんが散見されるのだが、どんな薬を使おうが、体調が回復するまで最低でも5日間はかかることをご理解願いたい。最近の患者さんはせっかちというか、堪え性がないとでもいうのか、我慢が効かない人が多くなっている気がする。体調が悪くなるとすぐに薬や点滴を求め、そうすることで翌日には元気になることを期待する。あたかも電池や部品を交換すればすぐに元通りとなる機械の如くである。感染性胃腸炎にせよインフルエンザでも、ウイルス感染によって各種器官にダメージが及ぶ、つまりは細胞が怪我をするわけだ。我々が包丁で指を切ってしまった時のことを考えると解りやすいとおもうが、その傷は薬を塗ろうが、縫合しても、まして内服しても点滴しても数日では治癒しないであろう。最低でも1週間ほどはかかることは容易に理解できるとおもう。
 我々医療界で生きる人間の言い回しに「後医(こうい)は名医」というものがある。元々は診断に難渋するケースにおいて、苦労を重ねつつ検査、鑑別が漸く済んだ後に診療を引き継いだ医師が首尾よく治療を進め、より優秀に見えるというほどの意味だが、感染性胃腸炎にかんしても同様のことが言えよう。診断も治療も間違ってはいない。それでも患者さんは発症後三日くらいに我慢できずに他院を受診する。「〇〇医院で診察を受け、お薬を貰ったのですがさっぱり良くならなくて。まひと先生のクスリはよく効くので相談に来ました。」その段階でちょっと違うお薬を処方すると、「良くなりました!」と感謝されることはままある。もちろんその逆、つまりぼくの処方で改善せず、〇〇医院を受診したら良くなったというケースも多々あるであろう。実はぼくが処方した薬が特別良く効くのではなく、発症後の時間が効くのである。要するに「後医は名医」ということなのだ。
 それにつけても辛い5日間であった。現在木曜日午後4時。ぼくの感染性胃腸炎はほぼ完治とおもわれる。お昼には久しぶりにおいしく食事を摂ることができた。今晩はちょっとだけお酒を飲んでみようとおもっている。