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父のこと

 先日の日曜日、父の家にかつての教え子さんたちが集まって、少し遅い卒寿のお祝いを開いてくださった。父には今年5月頃に難しい病が判明し、その時点では余命幾ばくかと懸念されたので、小生が数多いらっしゃる教え子さんたちの中でも特に親しくしていた方に連絡を取ったことがきっかけになった。父が東北大学理学部生物学科の助手を務めていた時の大学院生達なので、教え子といっても皆さん既に還暦前後の年齢だ。既に現役を退かれ、趣味の山登りや釣りに勤しんでおられる様子に、当たり前のことながら40年近い歳月の長さを感慨深く受け止めた。最近の父は認知機能の低下が進み、見る影もなく老いさらばえたが、愛弟子たちの来訪に刺激を受けたのか、久しぶりに目に光を宿して教育者の顔つきを取り戻していたのには驚いた。

 父がまだ10代の頃に母親が他界し、間もなく祖父貞之進は職場の後輩であった女医と再婚する。父としては、この再婚をなかなか受け入れることが出来なかったようだ。実際に、その後暫くして父は家を出て親友の家に居候を決め込む。その後大学進学にあたり、祖父貞之進は父中外に対して医学部進学を強く勧めるのだが、父は頑なに断り、理学部進学を選んだのであった。この辺りのいきさつについては当クリニックホームページにも載せてあるので興味のある向きはご一読願いたい。今回、お酒に酔った父の口から思いもかけない言葉が飛び出した。それは「貞之進の再婚相手が医者だったから、このまま自分が医学部に行けば、彼女と一生関係を持たなければならないとおもったのだ。」というものであった。それほどまでに再婚相手が気に入らなかったのだろうか。10代の子供にとって、やはり母親は特別な存在であり、簡単に再婚した祖父への反抗心もあったのかもしれない。

 それにつけても40年という長い歳月を飛び越えて、教え子たちが集まってくれるということにたいへん感動し、改めて父を尊敬するのであった。小生は人と関わる仕事として医師を目指した。なるほどたくさんの患者さんと出会い、そして別れてきた。しかし小生が卒寿を迎えることが出来たとしても、昔の患者さんが訪ねてきてくれることなど絶対にないであろう。医師という仕事は病を得て、心身ともに弱った人々を相手にする。当たり前のことだが命は有限で、人々が徐々に弱りながら終末へ続ける旅のお供をするのが医師の仕事だ。一方で教育者は、これからの人々を育て導く。自分が精魂込めて育てた教え子が、何十年後かに立派な花を咲かせた姿を見ることが出来るとはなんと幸せな事であろうか。もしかすると父は医師という仕事のやるせなさ、儚さに気づいていて、もっと夢のある研究者や教育者を目指したのかもしれない。

 お酒が回り、同じ話を幾度となく繰り返す父と母に対し、嫌な顔一つ見せずに応じてくださった教え子の方々。この場をお借りして御礼申し上げます。