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桜のことあれこれ

 長い連休が明けて、今日から社会は通常に戻ります。海外で過ごされた方もたくさんおられるとのこと、おそらく今日は皆さん気分低迷でしょうが、いつもいつもお休みばかりでは有難さが半減します。次のお休みを夢見てまた頑張りましょう。

 一昨日車で陸前落合駅の近くを通った時のこと、人気のラーメン屋さんに長蛇の行列が出来ていました。ぼくは並んでまで食べなくてもいいやといつも思ってしまうのですが、好きな方には堪らないお味なのでしょうね。

 今回は、大好きな桜のお話をしてみました。

 弘前城公園「桜祭り」のホームページを見ていたら居ても立ってもいられなくなって、ゴールデンウィークの初日、「昭和の日」を利用して相棒と日帰りのお花見弾丸ツアーを決行した。新幹線の「はやぶさ」を利用すれば、仙台から新青森まで1時間半前後で行くことが 出来るのだから、隔世の感がある。ぼくが弘前大学に入学した 1985 年、弘前までの経路は 盛岡まで新幹線、その先は特急「はつかり」で青森まで行くか、あるいは高速バス「ヨーデル号」を利用するのが一般的で、東北自動車道も小坂峠の一部区間が未開通だったので、けっこうな時間がかかったことを懐かしく思い出す。そうそう、いつも同じ経路に飽きたとき は盛岡から花輪線に乗って大館まで出て、弘前を目指したこともあった。

 この日の天気予報は雷雨を伝え、一抹の不安を抱えつつ降り立った新青森駅は小雨。それでも内陸に移動するに従い、晴れ間が見えてきて、ぼくら夫婦、「晴れ男、晴れ女」の面目躍如。タクシーの車窓から眺める懐かしい風景に、30年以上前のあれこれが走馬灯のようによみがえる。昔通ったお店の多くはシャッターを閉じていて、あるいは駐車場になってしまって寂しい想いもしたが、弘前城の外堀が見えてきたら自然と気分が高揚してきた。外堀の桜は早くも散り始めており、年々早まっている開花時期を実感。ぼくが学生の頃は5月の連休にドンピシャと満開時期が重なり大勢の観光客で賑わったものだが、最近は4月下旬に咲き始め、5月の連休前には殆ど葉桜になってしまう年が多いようだ。弘前城公園には約50種類の桜がその数およそ2600本も植栽されているが、やはり何といってもソメイヨシノが圧巻だ。通常60年程度がその寿命とされるソメイヨシノだが、弘前城公園にはなんと樹齢100年を迎える古木がたくさんある。その長寿を支えているのが青森県の基盤農業と言えるりんご栽培で培われた剪定のノウハウだ。昔から造園業者間では「桜伐る馬鹿梅伐らぬ馬鹿」と言われ、桜を下手に剪定すると樹勢が弱まり、花付きが悪くなるとされていた。そのタブーに果敢なる挑戦を挑んだのが樹木医の小林勝さん。りんご農家から学んだ剪定技術を駆使して桜の古木を蘇らせたエピソードは、数年前にNHKのテレビ番組、「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介されたのでご存知の方も多いとおもう。古木に近づいて注意深く観察すると、比較的太い枝が剪定された根本から新たな枝が伸び、たくさん花を付けている様を見ることが出来る。枯れた枝はもちろんのこと、太くても余計な枝は思い切って剪定してしまうことが樹勢を保つ技なのかもしれない。剪定以外にも施肥が重要とのことで、いずれにせよ弘前市役所の公園緑地課に所属する方々の不断の努力があの見事な桜を維持しているというわけだ。

 ソメイヨシノという種は元々園芸品種であり、エドヒガン桜とオオシマ桜を人為的に交配して造られたとするのが有力な定説である。今でもその遺伝子研究などが行われているようだが、多少の過ちを覚悟のうえで説明すると、両者の交配で得られた最初の一株から次々と接ぎ木や挿し木をして増やされたものが現在全国各地、はたまた海を渡って広がったソメイヨシノなのだという。つまりは何千万本というソメイヨシノ、その元を辿れば最初の一株に行き着く、換言すれば全てはたった一本のクローンであるということだ。そしてソメイヨシノは自家受粉が出来ない(自家不和合性)。だから仮に何千本と並んで、あれだけたくさんの花を咲かせていようとも、その並木の下にソメイヨシノの幼生が観られるということは稀なのだ。植木市などで売られているソメイヨシノの若木は、全て植木職人の手によって繁殖されたものである。人の手を借りないと存続できない種という点ではペットの 犬猫に似ていると言えるかもしれない。

 桜と言えばこれから初夏のお楽しみ、サクランボである。そうそう、ことし初めて山形県東根市で開催される「果樹王国ひがしねさくらんぼマラソン」にエントリーしたが、参加賞としてサクランボ、貰えるのかなあ。サクランボの種飛ばし大会なんてものもあるようで、楽しみだ。趣味のマラソンで今年も色々な土地を訪ねる予定だが、最近はタイムよりも地元の名物に興味が移ってきた。何ですって?単に練習不足なだけではないのかですって?鋭いご指摘、ありがとうございます。でもね、生涯スポーツとして楽しく続けるためにも無理は禁物。50 代はスピードではなく、持続性、安定性を求めるべき。だから最近はゆるゆる、ニコニコペースのスロージョギングに徹しているのだ。

 閑話休題。
 サクランボはソメイヨシノのような観賞用園芸種ではなく、果樹用品種ミザクラの果実(桜桃)である。大変有名な佐藤錦、紅秀峰などたくさんの品種があるのはご案内の通り。そういえば昔子供の頃、自宅庭にあったソメイヨシノがたくさん花を付け、これでサクランボが腹いっぱい食べられると期待していたのだが、待てど暮らせど実が着かないことに落胆した記憶がある。子供心に肥料が足りないのではと進言したら、父は笑いながら桜には花を楽しむものと実を楽しむものの2種があることを教えてくれたのであった。実は正確を 期すと、ソメイヨシノにも実は着く。ハナアブなどの花粉媒介者(ポリネーター)の助けを得て他種の桜と交配した場合には結実する。ただしその実はお馴染みの大きくて甘酸っぱい美味なものとは程遠く、小さくて渋く、とても食べられた代物ではない。

 父の家にあったソメイヨシノは毎年のように大量発生する蛾の幼虫(おそらくはアメリカシロヒトリ)に悩まされ、ある時父が伐採してしまい、今やその切り株が残るのみ。その父も今や病を得て老いさらばえた。若くして肺結核を病み、死線を彷徨った上でのスロースタートであったが、二人の愛する孫にも恵まれ、尻上がりに良い人生であったのではないかとおもう。今まさに大正、昭和そして平成に連なる 91 年間の人生劇において、大団円を迎えつつある父を医師としてしっかりと看取っていく覚悟である。時は流れた。

 最近一つ気になる情報がある。クビアカツヤカミキリという外来種の昆虫が各地で大量発生し、ソメイヨシノに深刻な影響を及ぼしているという。この昆虫は中国、モンゴルや朝鮮半島原産で、中国との貿易が盛んになると同時に日本へと侵入したものと考えられている。このままだと全国的にソメイヨシノが食い荒らされ、次々と枯れてしまう可能性が指摘されている。さてその対策はというお話になるのだが、残念ながらおそらく困難を極めることであろう。ひとたび日本に侵入して定着してしまった生物を根絶させることなどまず不可能だ。ブラックバス、オオキンケイギク、セイタカアワダチソウ、ミシシッピアカミミガメなど例を挙げれば切りがない。と言っても日本人が愛するソメイヨシノの危機だけに、きっと対策には今まで以上に莫大なお金がかけられることであろう。でも薬剤散布や幹への薬剤注入などは止めたほうが良いとおもう。その効果は限定的だろうし、費用対効果があまりにも悪すぎる。唯一絶対の対処方法は汚染地区のソメイヨシノを一斉伐採し、一定期間を経てから新たに幼木を植栽し直すことだが、地元の観光業には大きな痛手だろうし、住民の反対も強いであろう。結局は従前同様に枯れた枝を切り落とし、被害が大きく樹勢が弱まった樹は伐採、焼却しつつ経過を観るのが一番の得策だとおもう。そもそも外来種に罪はなく、彼らだって生き物だ。いくら桜が大事だからといっても、人間の勝手で根絶、駆除しようと考えるのは傲慢この上ないことだとおもう。この地球上で増えすぎて、駆除する必要がある生物種などというものがもしあるとすれば、それは他でもない、我々ヒトなのではないか。話が脱線してしまった。この件に関しては既に「みんな地球の固有種」と題したエッセ イに書いた(トピックス2015/9/11)ので、ぜひご一読願いたい。

 それにつけても弘前の桜は奇麗である。皆さんそれぞれお気に入りのお花見スポットを全国各地にお持ちのこととおもうが、ぼくにとっては文句なく弘前城公園が日本一。ぜひ一度ご覧あれ。弘前では桜の花が散った後、今度はりんごの花が見ごろを迎える。りんごも桜と同じバラ科の植物なので、その花は桜によく似ている。ソメイヨシノよりは一回り大きく、かつ開花と葉の芽吹きが同時なので若干雑味を感じるが、雄大な岩木山をバックにした広いりんご畑に白い花が満開の景色はこれまた絶景なので、こちらもぜひおススメである。
 弘前城公園の西堀には見事な桜のトンネルがあって、夜桜などはたいへんロマンチックである。二十歳代前半の男の子はこのトンネルを歩くたびに、いつかはかわいい女の子と、あれもして、これもして、と妄想の限りを尽くしたことを懐かしく思い出す。残念ながらあの当時、とてもシャイで自意識過剰だった男の子には女の子を口説くことはままならず、同じように寂しい男友たちが集まって、ただひたすら飲んで騒ぐのが常だった。翻って今、連れ立って歩く相棒は出会った頃に比べるとたいへん恰幅が良くなり、缶ビール片手に「ぷはー」とか言っているのを見るにつけ、やはり、いやもはや口説く必要もないかと嘆息するのであった。でもそんな相棒が居たからこそ今の自分がある。とくに「まひと内科クリニック」の立ち上げに際しては、いつまでも決められずに悩むぼくの背中を押すというか、思いっきり蹴とばしてくれた。あの強烈な蹴とばしがなければ、このクリニックは無かったであろう。この5月 6日、「まひと内科クリニック」は開院満13年を迎えた。樹齢100年を超えるソメイヨシノの秘密が剪定にあった如く、このクリニックもあれもこれもと枝を伸ばさず、適宜枝を切り落としつつ、できるだけ長い間花を咲かせられるよう頑張る所存である。