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ハドラミはどうした?マルセリーノは元気か?

 今朝の仙台は雪景色でしたが、それほど気温は低くなく、お昼過ぎには陽がさしてきました。通勤路の渋滞を心配して、さすがに今朝は散歩を短く切り上げて、いつもよりだいぶ早めに家を出ましたが、道は殆ど混んでいませんでした。同じくらいの雪でも、大渋滞になる時とそうでない時があります。不思議ですね。「渋滞学」という学問もあるそうですから、いつか調べてみましょうか。

 さて今回は「人を動かすにはどうしたらよいのか」を考えつつエッセイを書きました。

 時々観る民放BSチャンネルのコマーシャルで、unicefがマンスリーサポートというものを募集している。月々1000円から申し込むことが出来る定期募金プログラムだ。相棒が用意してくれた酒の肴をつまみながら良い感じに酔いが回り、今日一日の出来事など夫婦の会話がひと段落した時間帯なので、普段あまりテレビを観ないぼくもつい画面に見入ってしまう。その晩の映像では肺炎を起こして頻呼吸になっているハドラミ君が紹介され、「月々3000円のご支援で、ハドラミのように肺炎で苦しむ子供たちを救う抗生物質が○人分にもなります。」と、また或る時は一見して飢餓状態と判るやせ細った女の子の映像と共に「月々3000円のご支援でマルセリーノのように飢餓で苦しむ子供たちの栄養補助食品○人分にもなります。」とナレーションが流れる。そして暗く危機感を煽るが如くのBGMと共に、「彼らには時間がありません。ぜひあなたのご支援を。」と、これまた渋い男性の声が畳み掛けてくる。
 よろしい。毎晩のように酒を飲み、あれが美味いこれは不味いなどと贅沢なことを言っている我々夫婦の、せめてもの罪滅ぼしにと相棒がマンスリープログラムに応募することにした。それから早数年、今も同じコマーシャルは登場人物を次々と変えつつ、相も変わらず「彼らには時間がありません。」と繰り返している。それをやはり相変わらず一杯飲みながら観ているぼくの心は最近、正直なところあまり穏やかではない。「おい!相棒がここ数年募金している結果はどうなったのだ?ハドラミの肺炎は治ったの?マルセリーノはどうなったの?」と酔いながらぶつぶつと文句を言う。今回は心穏やかに居られぬ理由を少し探ってみた。

 事態が深刻であることを告げ、その対応の急であることを強く印象付ける上で、このコマーシャル戦略は正しいと思う。人に何らかの行動を期待する上で、短期的に最も有効な手段は「脅し」、つまりは「言うことを聞かないと、そのうち大変なことになりますよ!」という言い回しだ。危機感を煽れば、とりあえず、ある程度人は行動を起こす。しかしながら往々にしてその行動が習慣化、永続化されず、「脅し」の効果は短期間で失われることもよく経験されるところである。ぼくはこのことを長年従事してきた糖尿病診療で嫌というほど味わってきた。心筋梗塞、脳梗塞や腎不全、はたまた失明や下肢切断の危機が迫っており、可及的速やかに対処が必要であること、禁煙と節酒が急務であることなどを患者に警告すると、彼らの多くはその場でこそ深刻な表情で生活改善を誓うものの、数ヵ月後には元の木阿弥というケースが数多なのである。それを受けて更に過激な脅し文句を並べていくと、患者はやがていつの間にか来なくなり、一方でこちらにも暗く、どす黒い陰性の感情が湧いてくる。「これほど親身になって心配、助言しているのに、なぜ理解しないのか?もういい。あなたはきっと目がつぶれて、心筋梗塞にでもなってみないと事態の深刻性が判らないのだ。好きにすればいいさ。」などと思うようになると最悪である。患者の安寧無事をおもうが故の助言であるはずが、やがて言うことを聞かぬ患者への呪いに変わる。そして不思議なほどにその呪いは成就することが多く、非常に嫌な罪悪感とでも言うべき感情が残されるのだ。
 だから、ぼくは独立開業後の診療の場で極力「脅し」を使わないように心がけてきた。もちろん時と場合によるのは当然で、一刻を争う場合などではかなり強い口調で危機を伝えることはある。しかし概ね「まあ大丈夫でしょう。お大事に。」で診察を終えることが多い。よく「まひと先生は優しいから厳しいことは何も言わないのよね。」と誤解されるのだが、実は優しいから厳しいことを言わないのではなく、上述したような罪悪感を二度と抱きたくないという自己防衛から口を噤むのである。優しいのではなく、狡いのだね。そんなことではいけないとのお叱りを受けることは十分に承知しているが、これもぼくが四半世紀に亘る臨床経験から編み出した一つのスタイルなのだから仕方がない。しかしながら、そんなぼくでも糖尿病学会専門医の端くれである。糖尿病を専門とする以上、合併症に苦しむ患者を一人でも少なく抑えたいと願うのもまた事実だ。では糖尿病の悪化から患者を救う最低限の手段は何かと問われれば、躊躇無く、「とにかく患者を外来に通わせ続けることだ。」と答える。それでは患者を通わせ続けるために必要なことは何かと問われれば、それは「褒め言葉」だと答えたい。血糖値が高くて、およそ褒められない状態ならば血圧を褒める。血圧も高ければ、コレステロールや中性脂肪が低いことを褒める。体重が数百グラムでも減っていることを褒める。間食を控え、流行のジムや体操教室に通い始めたことを褒める。どんな不良患者でも、真剣に探せば何か一つくらいは褒めるべきことが見つかるものだ。どうしても何も見つからない場合には、今日も元気で通院できたということを言祝ぐのである。

 閑話休題。

 仙台市落合にある県立こども病院の近くに、病児と親たちが束の間の休息を過ごすためのドナルド・マクドナルド・ハウスがある。ここに数年に一回、使い捨ての歯ブラシやタオル、ひげそり用のかみそりなどを寄付している。学会や相棒と旅行に出かけたときなどに利用するホテルのアメニティー品を持ち帰り、ストックしておいたものだ。それらに加えてミニカップ麺や缶詰などを段ボールひと箱に詰めて送る。暫くするとホームのスタッフから手書きで、心のこもったお礼状が届く。決して見返りを期待するわけではないけれど、やはり寄付した結果がどうなっているのか知りたいと思うのが人情だ。だからこの場を借りてunicefのコマーシャルに関与している広報担当者に提案をしたい。マンスリープログラムに参加する人をもっと増やしたいのであれば、「彼らには時間がありません。」といった「脅し」調のコマーシャルだけではなく、募金の結果元気になった子供たちの様子を写した作品を仮に5本に1本程度でよいから混ぜるべきだと考えるが如何であろうか。
 安らかで穏やかな息を取り戻したハドラミと、ふくよかに育ったマルセリーノの姿を見せてくれれば、相棒だけでなく、ぼくもぜひマンスリープログラムに参加したいと思っているのだよ。酔っ払って金額記入欄にゼロを一けた多く入力してしまうかもしれないね。