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毎日が誰かの記念日

 今朝は気持ちの良い青空が広がっていて、そろそろ梅雨明けが近いのではと期待が膨らみますね。昨年はこの辺りから暑い日が始まり、連続猛暑日を記録したのでしたね。熱中症のニュースがまた多くなってきました。こまめな水分摂取を心がけましょう。

 昨年の海の日は大切な友人が不慮の事故で急逝し、今年の7月は永六輔さん、大橋巨泉さんといった大好きな方々が相次いで他界されました。

 今回は大橋巨泉さんへ追悼文を書いてみました。


 今日はこんなことを考えてみた。一年365日、毎日が誰かの誕生日であり、そしてまた命日だ。ごくわずかなケースを除いて、大半の人は自分の誕生日を知っている。一方で自分の命日を知っている人は一人も居ない。誰にとっても死は未経験の事態であり、死んでしまえば自分の死を認識できるはずもなく、従って自分の命日は知りえない。でもそう考えると、誰でも生まれたその時に「ああ、ぼくは今生まれたんだ。」などと認識できているはずもなく、だとすれば自分の誕生日だってあくまで後付けの知識だということが分かる。

 以上のようなことを相棒に話して聞かせたら、面白い話を返してくれた。相棒のお父さんは若くして、おそらくは肺がんで亡くなった。まだ小学生であった相棒は義父が亡くなる前数日間、学校を休んで病床に寄り添っていた。時は4月、数か月後には義父の誕生日が控えていたが、ある日義父は相棒を枕元に呼び寄せ、「お父さんは誕生日までもちそうにない。だから28日に逝くことにするよ。」と言ったという。6月28日が義父の誕生日。そして彼の宣言通り4月の28日に義父は旅立ったそうだ。さてこの場合、義父は自分の命日を知っていたということになるのだろうか。はたまた、今から70年も前に、大きな爆薬を積み、その他の装備は全て取り外した飛行機で米艦に体当たりして散っていった若者が居た。彼らも自分の命日を知っていたと考えてよいとも思える。

 大橋巨泉さんが亡くなった。小学生の頃、盗み見た「11PM」、その後は「クイズダービー」に「世界まるごとHOWマッチ」、そして大学生の時に「ギミア・ぶれいく」と思い出が一杯。番組の出演者には博識、聡明な方々が多く、石坂浩二、竹下景子、そういえば、はらたいら、森光子などは既に鬼籍に入っているのだね。彼らと交わす軽妙洒脱な会話には、いつも憧れていたことを懐かしく思い出す。そうそう、藤子不二雄Aの「笑ゥせぇるすまん」は超ブラックで、毎回巨泉さんが「恐いねぇ」と言っていたなあ。

 巨泉さんが80歳を目前にして著した「366日命の言葉」は、元日から大晦日まで、毎日その日を命日とする歴史上の有名人物や彼と親交のあった有名人を一人ずつ紹介して、彼らの言葉を引きつつ書き集めたショートエッセイ集である。因みに小生の誕生日は、かの田中角栄の命日であった。巨泉さんは後書きの中で、この本の準備はとても大変であったが、同時にたいへん面白かったと述べておられ、かつ心残りもあると書いておられる。その一つに「かわいい後輩である逸見政孝の名が無い。」とあり、その命日12月25日がチャーリー・チャップリンと同じであった故、やむなく省いたとのことであった。続編を書くしかないかとの記述もあったが、残念ながら実現はしなかった。

 巨泉さん、お疲れ様でした。あなたの命日は7月12日、かの山下清画伯と同じです。そちらに行かれたら是非山下画伯と会って、肖像画でも描いてもらってください。そうしたら、きっとあなたは「うーしししし」とほくそ笑むのでしょう。