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「言葉」について考えること

 今日から7月です。早いもので今年も半年が過ぎてしまいました。

 今月10日は参議院議員選挙がありますね。18歳選挙権施行後初の国政選挙、果たしてその結果は如何に?素直に予想すれば、投票率が若い世代ほど低くなる今までの傾向から類推して18歳、19歳のそれは3割に満たないのではと考えるのですが如何でしょうか。あるいは若い世代の「初物」に対する興味で、意外に高投票率になるのでしょうか。

 先日各党の政見放送を観ました。自民党はあべさんと小泉ジュニアさんがペアで出演し、アベノミクスの成果と共に先の民主党政権時代と比べて中小企業の倒産が減ったこと、有効求人倍率が増えたことなどを誇らしげに語っていました。憲法の話は結局一言もなかった。憲法の「け」の字も無い、ホント毛の先1本も触れませんでした。正式な文書には何か書いてあるのかもしれないけれど、少なくても政見放送では全く触れなかった。ということは、今回の選挙の争点として憲法問題はひとまず擱くということでよいのかしら。

 ぼくは典型的な無党派層なので、まだ誰に、そしてどの党に投票するかは決めていません。ただ,何となく、「憲法の問題はこじれそうだから、政見放送では触れないようにしよう。」選挙が終わって圧勝したら、「皆さんのご支持が得られたと判断いたしますので、改憲の手続きを始めさせていただきます。」と続くのは、やはり違うんではないのかねと思うのです。せめてどうどうと、「わが党はこの選挙後に粛々と改憲への準備を進めたいと思っております。」と宣言して選挙戦に臨んでほしい。素直に「言葉」にしてほしいのです。

 しかし「言葉」は一筋縄ではいかない。「言外の意を汲む」とか、「行間を読む」なんて言いますもんね。

 大好きな文筆家に平川克美さんがいます。彼の著作はほとんど全部読みましたが、新刊の「言葉が鍛えられる場所」は今までのものとは大いに異なるものでした。以下はその感想文兼エッセイです。

 自分の主張が完璧に正しいと信じ込むことは大変危険で、どのような思考にも幾分かはその思考そのものを否定する因子が含まれていなければならない、つまりは自分が間違っている可能性を常に考えておかないと人は成長しないということをまずは心にとめた。このことは政治を司る人たちにぜひ伝えたいとおもう。また「言葉というものは往々にしてそれが指し示す意味とは少しずれたところに本当に伝えたい事柄が隠れているものだ。」には大いに納得。「言葉の内容よりも、ヴォイスを聴く」とは実に秀逸な表現だとおもう。平川克美氏の著作の中では異色の一冊。

 言葉はムズカシイ。往々にして伝えたいことが伝わらず、意図しない事柄が言葉に勝手に乗り移って相手を傷つけたりする。夫婦喧嘩なんてものも常に言い過ぎる(わが相棒)か、あるいは言い足りないか(小生)のどちらかだもの。そういえば夫婦喧嘩は犬も食わぬというけれど、犬には言葉が無いから嘘も無いし夫婦の口論なんて理解できないもの、食うはずがないよね。

 日曜日の朝に流れてくる政治家さんたちの言葉も妙に流暢で淀みが無く、却って胡散臭い。自分の頭であれこれと真剣に悩みつつ話す人の言葉は、決して流暢なものではないはずだ。言い淀み、話は行きつ戻りつして要領を得ないのがふつう。断言口調の政治家さん発言は既成シナリオの棒読みで、「アベノミクスのエンジンを全開にして前進するのか、あるいは後退するか二つに一つ、さあどっち?」などという彼の単純明快、二元論崇拝のワーディングにもはっきり言ってもう飽きてきた。

 言葉には、常に敏感でいたいとおもう。でもそうありたいと願うほど寡黙にならざるを得ない。しかし寡黙であっては慢性疾患を担当する内科医などやっていけない。それだけだと認めたくはないけれど、内科医の力量はそのかなりの部分を話術、いや言葉を紡ぎだす能力が占める。伝えたいことは実はそれほど多くはない。「病気ですから、仕方ありません。人はいつか必ず死にます。」「年齢に不足はありません。お歳のせいですよ。」「この病気は今の医学をもってしても残念ながら治りません。」至極当たり前だがこれら不愉快な事実をどのように伝えるべきなのか、いつも悩む。淡々とこの三言を告げれば、多くの人は憮然として椅子を蹴って立ち去るであろう。かといって色々と飾り言葉を付けて饒舌に語っても、言語明瞭意味不明の誹りは免れまい。不愉快な真実を率直に伝える言葉、心にストンと落ちる、腑に落ちる言葉。絶望の暗闇にもわずかに差す明かりのような言葉。そんな言葉があるのかどうか分からないから、言葉探しの旅に出る。それがぼくにとっての読書かな?なんて、チョットかっこつけてみた。

 人間は言葉を持ったから言い過ぎ、言葉足らず、嘘偽りから戦争まで様々な事に見舞われるけれども、言葉があったからこそ本が出来て、ステキな文学や哲学、思想に関して何百年も前の賢人たちと会話が出来るのだね。

 何が言いたいのかって、あなた。それが分かっていたらこんな文章書いたり本を読んだりしませんよ。でも時々、ああ、言葉さえなければもっと幸せなのかもしれない、ぼくは犬になりたいなどと酔っ払って考えることもあるのですよ、これホント。