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「坊ちゃん」

 さて今回も読書感想文です。

 先月学会帰りに立ち寄った松山市に因んで、今回は夏目漱石なのだ。でも今更純文学をじっくりと読んでいる時間的な余裕は無い(本当は意識してでも持たねばならないのかもしれないけど実際には無理)ので、何か他に良い方法がないものかしらとおもっていたら、オーディオブックというやつにたどり着いた。これなら通勤の車中で聴ける。それに純文学を他人の朗読で聴くということがどのような感じなのかに興味があった。

 なるほど坊ちゃんのべらんめえ調も赤シャツの慇懃無礼さも、野太鼓の下品さも実に上手な声音で朗読してくれている。小説がドラマ化されると、自分が抱いていた主人公のイメージと、俳優さんの醸し出す雰囲気にギャップを感じて興ざめすることが多々あるのだが、朗読はどうやらそうでもなさそうだ。やはり視覚と聴覚の違いなのかしら。

 ぼくが通った高校の現代国語担当、K先生は赤シャツが大嫌いであった。私服の高校であったから、ある日サーモンピンクのシャツを着て学校へ行ったら、「赤シャツ着ることの意味をわかっていますか?」と詰問され、その後の授業中色々と質問攻めにされたことがあった。またある時は「障子に突き立てるんですぞ!わかりますか?」と興奮して言うのだが、何のことかさっぱりわからなかった。石原慎太郎の「太陽の季節」を指していると読書家の友人に教えてもらったことを懐かしく思い出す。面白く、情熱的な先生であった。

 それにつけても「坊ちゃん」の終盤で、地元の新聞に坊ちゃんと山嵐が学生の喧嘩を扇動したと嘘の記事を書かれて坊ちゃんが憤慨する場面があるが、漱石は「新聞」というものがいかにほら吹きで、「つまり新聞屋にかかれた事は、うそにせよ、本当にせよ、つまりどうする事も出来ないものだ。あきらめるより外に仕方がない」「新聞にかかれるのと、すっぽんに食いつかれるとが似たり寄ったりだとは今日ただ今狸の説明によって始めて承知仕った」などと書いている。この当時から新聞に書かれていることを鵜呑みにしてはいけないと、今風に言えばメディアリテラシーの大切さを漱石は訴えていたのだね。あれ?でも漱石は後に朝日新聞社に入社したはず。何か心境に変化があったのかしら。どなたかお詳しい方、ぜひ教えてください。