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過ぎたるは猶及ばざるが如し 「なきがら陳情」に学ぶ

 一昨日夜に友人の耳鼻科医と共にお酒を楽しみました。それ程たくさん飲んだわけではなかったのですが、昨日朝は何だか頭が重く、お腹の調子もいま一つ良くありませんでした。最近明らかにお酒に弱くなってきて少し寂しい気もしますが、まあ五十路を迎えれば誰でも多かれ少なかれこんなものでしょう。酒抜きにと思い立ちジョギングに出かけましたが、暑いし途中でお腹が再び騒ぎ出したので、7キロちょっとで早々に引き上げてきました。無理は禁物、過ぎたるは猶及ばざるが如し。運動もやりすぎや、体調不良を押しての強行は下手をすると死に至る重大事に繋がります。とはいっても、はたしてどの程度の危険性があるのかしら。

 

 マラソン中の心停止についてネットで調べてみたら、国士舘大学白川らの報告(脚注)がヒットした。同大学が2008年から2012年までの5年間にわたり救護活動に携わった市民マラソン大会は全89大会あり、総参加者77万2876名。この中でランナーがレース中に心停止となった事案は16例であった。年齢は平均44歳、各年代間で発生頻度にはあまり差が無いようだ。心停止の頻度を計算すると、10万人あたり2.07人となる。心停止16例中14例は心室細動で、また16例の転帰は社会復帰が14例、死亡が2例だった。AED(自動除細動器)による早期の除細動が功を奏しているのだろう。うん、マラソンの危険性は思ったほどには高くないのだね。
 でもやっぱり頑張りすぎは身体に良くないし、筋トレが趣味でランボーみたいな身体になっている輩の将来が心配と思っていたら、先日めっぽう面白い文章に出会った。森於菟(おと)著「新編 解剖刀を執りて」に「なきがら陳情」という一文がある。森於菟先生は森鴎外の長男、東京大学医学部で解剖学の教授として活躍された。解剖学者として数々のご遺体を相手にされ、その経験を基にして書かれた名エッセイだ。ご遺体を大家さん、その遺体を借りていた魂を店子に見立てて、於菟先生が解剖室でその大家さんたちとそれぞれの店子さんについて思い出話をするという趣向だ。ある大家は自らの店子について、「天国の公庫抽選住宅で当ったんだから入れてやれと、わざわざ神様が頼みに来たんで、つい断りきれなかったんです。」などとあり、その後次のように繋げる。「これも、たくましい青年の家主君からの苦情なのだが、近ごろ、ボディービルとやら称して、やたらに借家を磨きたてることが流行し、友達、特に女の子なんかを引っ張ってきて自慢にするそうである。女の子は昔から家が好きだから顔が映るような縁側を見るなり、まあ素敵ね!という。」その後家主はこう続けるのだ。「確かに見場が好くなって有難いことは有難いんですが、こう立て続けに、それもバーベルとかいわれる磨き粉で磨かれるものですから、摩滅がひどくて僕なんかもうもちませんよ。」いやはや、脱帽である。於菟先生は父親のような文才がないから、文学の道には進まなかったとのことであるが、いやいやどうして、参りました。於菟先生の頃から、過度な運動やトレーニングは却って身体に悪いということが医学者の間では常識であったのかもしれない。
 ということで、この後7月のAOMORIマラソン、8月の伊達ももの里マラソン、10月は山形まるごとマラソンなどと目白押しなのだが、あまり熱心に練習には励まないようにしようっと。

脚注:THE ANNUAL REPORTS OF HSALTH,PHYSICAL EDUCATION AND SPORT SCIENCE VOL.32 127-130, 2013