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坂の上の泡

 5月なのにずいぶんと暑い日があるものだと思っていましたが、昨年の日記を読み返したら、昨年の5月23日も気温30度以上を記録していたことが書いてありました。この時期は気温の変動が大きくて、体調を崩しやすいので、十分に注意しましょう。とくにまだ体が暑さに慣れていないので、容易に熱中症をおこします。水分をこまめに摂取しましょう。

 息子が岡山の大学に通うようになったおかげで、彼の住居をベースキャンプとして中国地方、四国への旅が格段に便利となった。今回は京都で開催された日本糖尿病学会の帰りに寄った四国は松山の旅行記を書いてみたい。
 旅は鉄路で行くが良い。いつの間にかそれなりの年齢となり、最近は女房と二人で「フルムーン夫婦パス」という企画切符を利用して出かけることが多くなった。この切符、定額料金で5日間JR全線乗り放題、新幹線や特急はグリーン車使用という優れもの。大人二人で岡山までグリーン車往復にかかる費用よりも安く、たいへんお得だ。鉄路の旅では時間がゆっくりと流れるところに最大の魅力がある。今回も京都まで5時間ほど、好きな本を読みながら、時に車窓から見える風景を愛で、あるいは居眠りをしながらゆったりとした時間の流れを存分に楽しんだ。飛行機ではせわしなく時間が流れてしまい、旅の醍醐味が半減する。加えて鉄路の旅にはもう一つの大きな楽しみがある。そう、駅弁とビールである。旅は非日常の最たるものであり、昼からお酒を飲むことが許される数少ない機会であると多くの人が思っているのではなかろうか。それかあらぬか、電車がホームを滑り出ると間もなく、あちらこちらからプシュッとプルタブを開ける音が響き、おもわずニンマリとしてしまう。とは言っても昼酒は思いのほか効くので、飲みすぎぬが良い。小生の場合には缶ビール350ml一本とその他少しくらい。お弁当も大概ご飯が多すぎるので、最近は駅ビル地下のお店で焼き鳥などの惣菜を少し手に入れて車中に持ち込んでいる。夫婦であれこれと話をしつつ杯を重ねるのは、子育てが終わった二人に与えられた小さな幸せといったところだろうか。
 さて松山へは岡山から瀬戸大橋線、本四備讃線そして予讃線と走り抜ける特急「しおかぜ」で向かう。本四連絡橋をわたる際、左右に点在する大小の島々と青い海の景色はまさに絶景であり、何度見ても飽きない。本当はこの島々で開催される「瀬戸内国際芸術祭2016」に参加したかったのであるが、残念ながら春会期は既に終了し、夏会期まではまだ間があるということで断念せざるを得なかった。瀬戸内には芸術家が全国から集まっており、有名なところでは直島かな。ベネッセハウスや民宿も多く、一度は訪れてみたい旅先の一つだ。
 残念ながらあまり時間に余裕が無かったので、松山駅からはタクシーに乗って市内をぐるっと巡ってもらった。まずは何を措いても松山城。市内何処からでも仰ぎ見ることの出来る勝山の山頂に天守がある。建立したのは加藤嘉明。豊臣秀吉に仕えた武将で、秀吉死後は武断派として石田三成らの文治派と争った。最終的には関が原の戦いでの武勲を認められ、20万石の大名となったとか。この加藤嘉明、実は東北と所縁があって、後に会津藩へ移されて43万石余に加増の上で初代若松城城主となったそうだ。その他四国と東北には不思議な繋がりがあって、実は愛媛県にある宇和島城の城主は仙台藩主伊達政宗の長子秀宗だそうだ。「だそうだ」と書いたのは、これら全部タクシーの運転手さんからの受け売りだから。所謂「語り部タクシー」というやつね。
 その後おなじみの道後温泉本館を経由して、今回お世話になる宿へと車は向かう。都会の景色から木々の多い山に移動中、愛媛名産の柑橘類について話を聞いた。愛媛といったらポンジュース。昔電車の中で売られていたポンジュースはえらく酸っぱかったことを懐かしく思い出したのだが、最近は色々と品種改良が進み、昔ながらの伊予柑は最近あまり栽培されていないそうだ。代わって台頭してきたのが「せとか」や「紅まどんな」といった高級柑橘類。みかん類の総出荷量で和歌山にトップの座を譲ってからは、こういったプレミア柑橘類の開発に果敢に取り組んでいるのが愛媛県果樹研究センターで、近々更なる新品種もデビューするそうだ。
 さあ宿に到着。このホテルはまだ開業後半年ほどだが、建物自体はだいぶ古い。実は建築家、安藤忠雄氏が設計した大王製紙のゲストハウス兼私設美術館(エリエール美術館)の閉館後、リフォームして開業したものだ。建物は有形文化財級のものだから、リフォームといっても大きな改造は出来なかったそうで、部屋に備え付けの家具類も皆、安藤忠雄氏が選定したものがそのまま残されていた。大きなデッキプールがあって、瀬戸内海へ続く運河のような錯覚を招く。まるで帆船が入港してきそうな空間。もちろんプールだから泳いで構わないそうだが、支配人に伺ったところ、ホテル開業後実際に泳いだお客さんはたったの一組だそうだ。後になってから色々と思い出すことがあったのだが、大王製紙といえば創業家三代目の前会長が、グループ会社や子会社から多額の資金を引き出し、マカオやラスベガスで私的に使用、特別背任罪で検挙されたのだったね。エリエール美術館、表向きは大王製紙による地元愛媛へのメセナ(mecenat)だったのだろうが、3代目辣腕経営者のことだからきっと莫大な利益を上げていて、その節税対策でもあったのだろうなあ。恋多き男性であったとの噂も聞くから、バブルの頃にはきっとこのゲストハウスにもたくさんの美女が訪れたのだろうなどと想像、いや妄想に駆られるのであった。松山といえば夏目漱石の「坊ちゃん」や司馬遼太郎「坂の上の雲」だけど、漱石や正岡子規はこの松山で遥か未来に起こった特別背任事件のこと、どんな風に思っているのかしら。今回この由緒ある建築に一泊させて頂き何だか身に余る光栄だったけど、つい駄洒落が頭に浮かんでしまったのだよ。坂を上って行ったら、バブル時代の名残があったということで、「坂の上の泡」。ハハハ、申し訳ない。まあ冗談はさておき、今回の旅で自分が日本の各地に関する歴史をいかに知らないかを改めて思い知らされた。とりあえずは司馬遼太郎の「街道を行く」でも細々と読み進めることにしようか。いや、まずは「坊ちゃん」を何十年ぶりかに再読してみようかなと思った次第である。