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時間厳守でいこう!

 桜が満開を迎えています。新年度、気持ちも新たに、元気に歩んでいきたいものです。新入学、就職の季節でもあります。特に新社会人の皆さんにエールを送ります。いつまでも学生気分でいてはいけません。初日から遅刻したりしたら、ダメですよ!時間というものは、誰にとっても大切なもの。共同体のなかで暮らす以上、約束の時間を守ったり、決められたルールに従うことは基本的な作法、常識です。今回はその辺りをテーマに書いてみました。


 先日息子と一緒にとある旅館に泊まった時のお話である。昔ほどではないにせよ、相変わらず朝に弱い息子がなかなか起きてこず、約束していた朝食の時間に遅れそうになった。少し語気を強めて離床を促すと、しぶしぶ起きてきて「10分やそこら遅れても大丈夫だよ。こっちは客なんだから。」と一言。いや息子よ、それは違うと思ったのだが、まあ朝から説教ではせっかくの朝食がまずくなるし、第一約束の時間まであと数分だ。彼に伝えたいたくさんの言葉を飲み込んで食事処に向かった。
 朝食は素晴らしかった。時間に合わせて土鍋で炊いたご飯、熱々の味噌汁。新鮮なヤリイカのお刺身に手作り豆腐。日本人に生まれて本当に良かったと感じる瞬間だ。むかしは宿の夕食を楽しみにしていたのだが、飲みすぎて翌日二日酔いになる失敗を何度か重ね、最近は断然朝食に重きを置くようになった。和食の朝食は大体どこで食べても似たような献立になるが故、作り手の技量がすぐにわかる。きちんと出汁を引いているところで饗される味噌汁は本当に旨いし、煮物もまたしかり。鮭や鯵の干物はまともな仕入れがなされているかどうかもすぐにわかる。一方で食べる側にも大切なことが一つ。それは熱いものは熱い内に、冷たいものはぬるくならない内に即座に食べること。だらだらしているうちに不味くなってしまう。このことは、かの池波正太郎が「男の作法」というエッセイの中で、寿司は親の敵とでも思って、出されたらすぐに食べるべきだと書いていたことにも通じる。宿の食事は料理長が真心を込めて作り上げた立派な作品なのだから、食べる側も美味しいうちに食べ終えることが礼儀だとおもう。
 話は変わってぼくが大学生の時、時間にとても厳格な先生がおられた。授業の始まる5分前には講義室にやってきて、遅刻してくる学生には「私はこの講義のために何時間もかけて準備をしている。君が遅刻するということは、その私の時間を無駄にすることで、私に対して非常に失礼なことだ。」と叱責するのだった。なるほどもっともなことだと感心したことを今でも覚えている。医療は医師、看護師、薬剤師、臨床検査やレントゲン技師、各種事務員が協調して行うチームワークだ。誰か一人でも欠けたら歯車が上手く回らなくなる。たとえば手術の時に執刀医が約束の時間に現れなければ、当然手術は始まらない。麻酔科医が遅れてもまた然り、看護師が遅れても同じこと。つまり時間を厳格に守ることはチームワークをする上で基本的、初歩的な作法と言える。そのことをこの先生は学生たちに教えたかったのかもしれない。
 独立してクリニックを開いてからは、自分だけではなく従業員の時間も大切にしなければならなくなった。家庭を持つ従業員にとっては、残業を課すことがそのまま家事の遅れにつながり、彼らの家族にも影響が及ぶ。この春から受付時間を明記したことの背景には、いつまでたっても診療時間終了ぎりぎりになって受診される患者さんが絶えないという問題があった。こちらとしては、受付してから検査、診察や会計処理など一連の流れを考えると診療時間終了まで、少なくても30分は時間が欲しい。その辺りの事情はわざわざ掲示しなくとも、暗黙の了解というか常識の範囲内だとおもっていたのだが、いつまで経っても変わらない。いつであったか、6時少し過ぎに来院してお断りした患者さんからネット上でクレームが寄せられたことがあった。あるいはたかが5分とおもわれたのかもしれないが、時間外に受付を行えば、診察、検査、会計計算そして後片付けで容易に30分から1時間は時間が余計にかかる。それだけ従業員の帰宅が遅くなるということをぜひ理解して頂きたいとおもう。
 さて旅館を出発して5時間のロングドライブの末に辿り着いた息子の部屋で飲みながら、彼を次のように諭した。「君がこれから進む医療の現場にはたくさんの職種があって、皆がチームを組んで働く。たかが10分と思っては駄目だ。10分の遅れが、つもり積もって、その日の最後には1時間以上のロスになるかもしれない。最後に掃除をする人に至っては深夜になってしまうかもしれない。何よりも、10分とはいえ君が遅れることは、他のスタッフ全員の時間をそれぞれ10分ずつ無駄にするということだ。今朝の朝食を用意してくれた料理長も、約束した時間ぴったりにご飯を炊き上げ、最も美味しいタイミングを見計らって料理を饗してくれた。こっちは客だから多少遅れてもいいのだとの考えは、彼に対してとても失礼なことなのだよ。」
 二人の子供たちも共に大学生となり、ぼくの子育ても大方終了とおもっていたが、まだまだ伝えておかねばならないことが多々あるものだ。