トピックス

良き医療者になるために

 早いもので3月も終盤となりました。お勤めの方々は年度末で忙しい日々を送っておられることでしょう。一方学生さんたちは今春休みの真っただ中。まとまった休み時間を取ることが出来るのは、この先長い人生でも今くらいですから、旅や読書など有効に使って欲しいものです。しかしながら現実的にはなかなか難しいようで、帰省した息子も地元の友人たちと飲み明かしたり、朝寝したり、怠惰な時を過ごしている様子です。でもそれも若さの特権ですね。

 今回は「良き医療者になるために」と題してショートエッセイを書いてみました。


 春休みを利用して久しぶりに帰省した息子と飲みながら、大学生生活の様子を聞いた。驚いたことに息子も含め、大多数の学生が毎日殆ど全ての授業に出席しているという。そういえば娘もこの3年間、授業は数回しか休んでいないと言っていたから、最近の学生さん達はとても真面目に大学へ通っているようだ。もっとも今や学生証がICカードになっていて、これを利用した授業への出席チェックが厳しく、所定の出席日数に満たないと試験を受けさせてもらえずに単位が取得できないとのことだから、好むと好まざるとに拘わらず出席せざるを得ないというのが本音のところかもしれない。翻ってぼくの時代はそもそも出席チェックなど行わない授業の方がむしろ多く、土曜日の朝一講目などは出席者が両手に余るほどのこともけっして珍しくはなかった。講師の先生方にも個性的な人が多く、「私の授業なんかに出席するくらいなら、もっと別なことをして楽しみなさい。」と公言して憚らない教授も居たから、なんとも牧歌的であった。
 さて息子の話を聞いていて、一つ気になることがあった。試験の前になると所謂「過去問」に関する資料が学生の間に出回ることは昔と全く同じだが、学生の中にはその資料を自分で独占してしまい、同級生に回さない人が居るそうだ。それだけに留まらず、わからない事柄を教え合ったりすることを嫌う学生も相当数いるとのこと。つまりは自分だけ良い成績を収めるのが理想で、そのためには周囲のライバルたちが少しでも悪い成績を取ってくれた方が好ましいとの考え方だ。競争試験の最たるものである大学入試を切り抜けてきた彼らは自分が勉強することはもちろんだが、それと同じくらい熱心にライバルが失速することを願っているというわけだ。1点でも高い点数を収めた方が勝ち残る競争試験の世界では、自分が努力して100点満点を目指すことと、ライバルが過去問を知り得ないことで90点に留まることは結果的に同義であり、そして後者の方がずっと楽、つまりコストパフォーマンスが良い受験戦略ということなのだろう。そういうシステムで連綿と行われてきた入学試験なのだから、その「勝者」である学生たちが大学入学後もその思考を容易には変えられないことも無理からぬことではある。しかしこれから医療者を目指す学生たちにあっては是非変えて頂かなければならないとおもう。医療者は病に襲われて弱っている人、困惑している人を支えることがその責務である。場合によっては自分の時間や健康を多少犠牲にしても患者のために在ることを期待される職種である。困っている人が居たら、ある程度自分を犠牲にしてでも助けるという精神を持たずして医療者には絶対なれない。そのための訓練を大学の4~6年間で行うのだ。繰り返される定期試験や進級試験において、苦手科目に苦しんで留年の危機に瀕している同級生が居たら、要点を教えて救い上げるように勤める学生こそ良き医療者の素質を持つ者だとおもう。
 以上のようなことを酔いに任せて息子に諭した数日後、彼の大学から今年の成績表が送られてきた。細胞生物学や発生学は60点ぎりぎりをマーク。もう少し何とかならんのかと問い質したら、「俺は落第しないことが確信できたから、残りの時間は仲間を救い上げることに使ったの。60点を80点にするよりも、落ちそうな奴を助ける方が有意義でしょ。」と返され、二の句が継げなかった。